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Love or Lover  作者: コイル
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となりの世界で、未来に続く場所へ

 カナカナカナ…と鳴く虫の声を聞きながら、もう秋を感じていた。

 秋は好き。

 景色が彩りを持ち、世界が奥行きを持つ。

 何より紅葉が好きだ。

 あの造形美。たまらない。

 プレパークの出来上がった秘密基地の屋上に作ったテーブルの上で、私はゴロゴロしながら絵を書いた。

 今日、音なしの森が本当やヤバいと聞いた。

 乗り気だった銀行まで顔色を変え始めている、と。

「じゃあ、お前が社長すれば?」

「へっ?! 僕ですか?!」

 吉永さんの鶴の一声で次期社長見習いになってしまった和也から聞いた。

「もうやるしかない」

 と、毎日現社長について現場を回る和也は、もうリフォーム課にいた和也でも、幼なじみの和也でもない。

 最近じゃ私の所に愚痴を言いにくるようになって、少し可愛いくらいだ。

 でも音なしの森では、苦労してて。

 何か役に立ちたいと思うけど……。

「今のままじゃ、どーにもなあ」

 持ち込んだパソコンで図面を見る。

 本当に単純な大規模マンションになってる。

 ネットのマップでマンション予定地を見ると、全ての駅から遠い。

 自転車必須。

 じゃあ自転車のマンションにしちゃえば? と思うが、自転車なんて皆持ってるし、と再びゴロゴロした。

 音なしの森の付属資料を見る。

 土壌検査で、かなり水が出てる。

 この場所、土も悪いのかー。じゃあ地下水も多い。地下も作れないし。

「……ん?」

 でも、この場所、地図的には高地だよね。

 高低差表を見ると、やはり高い。

 じゃあなんで井戸水がこんなに出てるの?

 昔の地図を引っ張り出して見ると、この場所は昔源泉だったのだ。

 つまり温泉。

「温泉いいじゃん」

 と呟いて、温泉の管理の大変さに鉛筆を投げた。

 色々申請が大変なのだ。

「……温度は?」

 温泉は熱々で出てくると限らない。

 水で出てきても、温泉水ということもあるし。

 土壌検査を見ると、温度0。しかも真水だ。

 温泉じゃないのか。

 でも水が湧いてるなら、それを消して上にコンクリ打つより、むしろ立地を生かしたほうが良くないの?


 今は古いマンションが無数に建ってる。

 じゃあこれを壊したら、ジャブジャブ水が出てくるの?

 調べるとそうだった。

 地下水脈の真上だ。

「だから地下のある建物は諦めたのか」

 じゃあいっそ沼にしようよ。

 私は絵を書き始めた。

 水脈の真ん中に、池を作る。

 その近くに保育園。

 この場所なら街から離れてるから、星がよく見える。

 あ、天文台のプロに知り合いがいる。

 基樹さんも詳しい。

 ……そうだ。もっとこの場所にメリットを考えないと。

 街から遠いなら、音も、煙もオッケーなんだ。

 じゃあキャンプ。バーベキュー。

 我が社にはそのアイデアも実績も豊富にあるじゃないか。

 キャンピングカーを置いて、寝泊まりオッケーにしよう。

 もちろん貸し出しもオッケー。

 それから、それから?

 夢中で書き足した。

「いいじゃん、これ。面白い」

 気が付くと、後ろから吉永会長が覗き込んでいた。

「夢物語ですよ」

 私は鉛筆を置いて、ゴロリと寝転がった。

「いや、現状案より100倍いいだろう」

「特色ありすぎて、数100億の仕事にするには博打ですよ、たぶん」

「余ってる古民家も全部入れろよ」

「えー……?」

 そういえば、うちの会社は古民家ブームで沢山の家を買ったが、管理費用が高すぎて買い手が付かなくて困っていた。

 あ、でも沼のほうを森にして並べたら面白いかも。

 でも古民家に住んでくれる人なんて、実は限られる。

 あれはカッコイイけれど、手間もかかるし、管理も大変で、美しく保つのは大変だ。

 そして冬寒くて、夏暑いのだ。

 オール木造、半端ない。

「だったら、事務所にさせればいい」

「ああ……」

 それなら、管理を我が社がして、賃貸というカタチにすればいいか。

 でも民家を並べるということは、本来駐車場にすべき場所が減るといことだ。

「でもちょっとまって」

 各部屋に車をおく庭を準備したら?

 出来る。

 セオリーではタワー型の駐車場を置くけど、それと建物を合体させればいいのだ。

 分かりやすく言うと、都外にある大型スーパーのように車で上がれる道と、住居がくっつけばいい。

 もっと単純構造でいい。

 騒音問題だけクリアしないとな。

「……なんか楽しくなってしましたね」

「よし、基樹も呼ぶか」

「え?」

 吉永さんはスマホをいじりながら言った。

「月島、責任取ってやれよ」

「えっ?!」

「お前が基樹の人生、く・る・わ・せ・たっ」

「気持ちわる! おじいさんがチャーミングにして気持ちわる!」

「……嘘だよ。月島のおかげで、基樹が戻ってきた」

 吉永さんは、ずっとそうしたかったんだ。

 こっそりのぞき見た吉永さんの優しい笑顔に、私は安心した。

「俺から動くと角がたつから。良かったよ。基樹のあんな顔みてられない」

「社長能面ですね」

「なんだそれ」

「私はそう呼んでます」

 鉛筆を持ち、図面の横に基樹さんの能面顔を描いた。

「お前、失礼にもほどがあるだろ」

 吉永さんは爆笑しながら、それに書き足した。

 とても繊細な鉛筆の持ち方。

 線が細く、風でなびくような書き方。そして丸い文字。

 その動きはどんどん大きくなって、いつの間にか図面を書き足し始める。

 森が茂り、沼があり、古民家があり、テントが立ち、それを囲むように低層マンションが並ぶ。

「……私、吉永さんが一緒なら、音なしの森、やりますよ」

 気が付いたら口から言葉が出ていた。

「吉永さんがやるなら、俺も」

 振り向くと基樹さんも来ていた。

「俺は名誉会長。長島監督が現場に来ないようなもんだ」

「超ガラス削ってたじゃないですか、平気で徹夜してたじゃないですか」

 私は即つっこんだ。

「責任だけ取ってくれれば十分です」

「おい基樹」

「名前だけで十分です」

「おい月島」

「とりあえず、書いてみます」

 私は吉永さんのラフに追加して絵を書きはじめた。

 その横で吉永さんも書く。

 よこに基樹さんも座って、3人で図面という名のラフ絵を書いた。


「吉永会長と仕事出来るなんて……光栄です」

「俺はするって言ってねえ」

 家が近いし、吉永会長のファンだからさ! と私は和也もプレパークに呼んだ。

 和也は高校生の時から乗ってる緑色の自転車に乗って15分で来た。

 図面を見た瞬間から、次期社長の顔になって、すぐに色んな場所に電話してたけど、吉永会長の名前は偉大で、すぐに模型に入るよう指示が出た。

「2週間で」

 大規模マンションの模型なんて、通常1ヶ月以上かかる。

 でも今回は銀行の融資の関係もあり、そこまで待てないらしい。

「ちょっと正直……かなり雑な仕事になってしまう気がして……」

 私は図面を見ながら言った。

「俺も手伝うよ」

 基樹さんは言った。

「だって、もう社長しないし。やったー」

「おいこら基樹ふざけんな」

 和也が後ろでにらんでいる。

「じゃあ和也が手伝ってくれるの?」

 和也は模型が苦手だ。だからプロデューサー側に回ったといっても過言ではない。

「まかせる」

 和也の表情に、一瞬かげりが見えて、私の心が少し軋んだ。

 元の場所から強引に和也を追い出して、基樹さんを呼びこんでしまったような気持ちになっていた。

「ね、和也。ちょっときて」

 私は和也を呼んだ。


 プレパークは雑草だらけだ。

 歩くと雑草の隙間からバッタがピョンと逃げていく。

 流れる草の音。

 そして昔ふたりで作った秘密基地の場所に行った。

「懐かしいな、これ。まだあるの」

「だってこれ、小学生なのにコンクリ使って作ったじゃん?」

「そうそう、固まるのがすげえ早いのな」

「木が斜めになっちゃってさあ」

「懐かしいな」

 二人でそこに登った。

「見て?」

 この前私が発見した看板を和也に見せた。

【秘密基地】という看板の上に、文字が足されて、【なんでも探偵事務所】。

「探偵事務所?」

「そう。この場所は今、探偵事務所なの」

 世話人さんに聞いたら小学校6年生の女の子と男の子の2人が、ここで探偵事務所をしているらしい。

 迷い猫から宿題教室まで、なんでも受け付ける探偵事務所。

 ちゃんと名刺もあるらしい。

「時がたっても、名前は変わっても、ずっとここにあるよ、この建物」

 私は探偵事務所の上で体育座りをした。

「何も変わらない」

 そのまま横になった。

 和也も座ったまま空を見ていた。

「ずっと、一生変わらないから」

「……変えたかったよ、仁奈子との関係を」

「変わってるよ、変わって尚、何も変わらないんだよ。和也と私は、やっぱりそうありたい」

 和也は黙ったまま、私の横にゴロリと転がった。

「きつい」

 今度は私が無言で空を見た。

 下の方からゆっくりと夕方が顔を出す。

 ナナナナナ……という虫の声が響きはじめる。

「じゃあ、俺には仁奈子の過去をくれ」

「え?」

「お前、基樹の俺たちの過去の話をペラペラ話すな」

「へ?」

「イヤなんだよ、あれ」

 なんだかよく分からないが、別に構わないような……意識して話してるつもりもないけれど。その前に……。

「これからも私は和也と未来たくさん作りたいけど、駄目なの?」

「だーかーらーお前は、ずるいんだよ」

 和也は、私の頭をグシャグシャとまぜた。

「社長として仕事をしていく和也の、力になりたい」

「……うん」

 和也は横を向いたまま、こっちを見ない。

「だから、音なしの森も、やろうと思ったの」

「……うん」

「力になれるか分からないけど、正直基樹さんが次期社長の時より、強く思うよ。役にたちたい」

「仁奈子さ、覚えてる? 小学校2年生くらいの頃かな、仁奈子が大きな壁に書いた絵」

「ん……なんとなく」

「お前、躊躇なく身長より高い壁に絵を書いたんだ。抽象絵みたいな書き殴りだったけど、あの後ろ姿みて、俺、決めたんだ」

 和也は横になったまま私の方に顔を向けた。

「ずっとお前を見てるって」

「うん」

「頑張れ」

「見てて」

 目指すべき場所へ。

 それぞれの未来へ。

 それでも一緒の世界で、未来に続く場所へ。

 一緒かな、一緒じゃないかな、でもきっと隣で。

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