自己紹介
誠一郎はちゃぶ台の向こう側にすわると、
「まず、自己紹介からしますね。」
と言った。
「はぁい」
私は返事をする。だが声がおっさん声なので、オネエマンみたいで気持ち悪い……
「俺は昨日言った通り、本宮誠一郎と言います。今まで日大ハムに勤めていました。家族は俺と兄貴と父と母です。」
「私は倉田沙織。私立明峰学園にいる高校一年生。家族はお父さんと、お母さんと私だけ」
更に続けた。
「成績は中の上。普通科」
誠一郎は頷きながら続けた。
「日大ハムからは一昨日付けでリストラされました。今日から就職活動の予定でした」
ふんふん、と私は頷く。
「じゃあ、すぐにでも就職活動始めないといけないんだ?」
「そうですね。補助金が出るのはしばらくの間だけですし、今こんな不景気でどこも雇ってくれませんからね……」
私は私の声でそう呟く誠一郎に奇妙な感情を抱いた。私がしゃべってるのに、私じゃないみたい……
私じゃないんだけどさ。
「言葉遣い」
私は鋭く突っ込んだ。
「言葉遣い超違和感ありまくり。敬語じゃなくしゃべれないの?」
「え……だって初対面だし……」
「私そんなしゃべり方しないから」
「そ、それもそうですね……」
「言ってる先から敬語使ってる」
「そ、そうだね……」
少しはわかったかな?
「俺は普段から自分のことは俺って言います。敬語は癖みたいなもので……」
「私は敬語なんか使わないから」
そう言い切ると、少し不安になり、尋ねた。
「さっき就職活動って……」
私はそれがとても不安だった。
高校へは一般入試で入ったので、面接なんてしたことがなかった。噂には聞いていたが、かなりえげつないことを聞かれるらしい。
「面接、うけなきゃだよね?」
「はい!それはしていただかないとこれから生きていけませんから」
「だよねー……」
こいつみたいに敬語が使えれば苦労しないんだろうけど、部活に入ったりしたこともない私に上下関係はなく、敬語を使うなんてあり得ないことだった。
「敬語……か……」
私の目の前は真っ暗になった。
「それで、就職先ですけど、この求人案内にマークしてあるところを受けたいんです。バツがついているのは、もう終わってダメだったところです」
「こ……こんなに受けるの……?」
「はい。これでもまだ少ない方です。来週になったらまた求人案内が発売されるので、それを見て検討したいです」
「もうやーだー!!早く入れ替わりが元に戻る方法はないの?」
「それは俺も昨日考えたんですけど、同じような状況を作らないと難しいかと思います」
同じ状況――
でもぶつかってくるのがわかっていたら、つい身体が反応して避けてしまう。
同じ状況を作るなんて無理だ。あとは自然と身体が元に戻るのを待つしかない。
「もし、一生このままだったら、私、どうしたらいいの……?」
また涙が溢れてくる。
ティッシュの箱を持って来ると思い切り鼻をかんだ。
「それは俺も同じですよ」
誠一郎も泣きそうだ。
「一週間の休みの間にきっちり仕込ませていただきます」
鼻声になりながら誠一郎は言った。
「仕込むって……?」
「敬語をです」
「いっ、一週間で?」
「はい」
誠一郎の目はマジだった。
「じゃ、じゃあ私もあなたに仕込んであげる。友達なくしたくないし」
「じゃあお互いそういうことで、頑張りましょう」
誠一郎の敬語教室が始まった。
「まず、一人称は私……これはクリアですね。次に言葉のあとにはです、ますをつけます」
「私は本宮誠一郎です……?」
誠一郎はいいね!というと先へ進めた。
半日近くそんなことをしていたら、お腹が空いてしまった。
誠一郎はお弁当を持ってきていたので、とりあえず飲み物だけでも、ということで近所のコンビニで何か買おう、と提案する。
二人で歩いていると不審な顔をされた。
私は無理矢理ジーンズに足を突っ込み、パーカーを着ていたのだが、つれが女子高生、しかもこんな時間に外をうろついている、となるとやはり目立つ。
誠一郎を置いてくるべきだったか、と思うが、コンビニまでの道のりを知らなかったので、ついてきてもらってよかったな、と思った。
途中、事の発端となった交差点を過ぎた。
誠一郎があんな格好でうろついていたのはコンビニにでもいくつもりだったのか。
それにしても不運である。あのとき、一瞬でもどちらかが遅れていたらこんな事態にはならなかったのに……
昨日の行動を反省するばかりだった。