おネエさん……?
電話を切ってすぐに、運転手は名乗りをあげてきた。
「ホントにすみません……私は村田秀臣と申します。……昨日あなたをはねてしまった運転手です」
「そう……私ははねられてから今まで意識を失っていたの?」
「はい……今日目が覚めたらCTなどを撮って精密検査をするとお医者様から言われています」
私は点滴されている。痛みはさほど感じない。鎮痛剤でも入っているのだろうその点滴はぴちゃん、ぴちゃんと一定のリズムを繰り返す。
「でも、そんなに目が覚めないほど頭を強く打った記憶はないんだけど……」
「そうだといいんですが、こればかりは検査していただかないとわかりません。」
秀臣は頭を横に振ると、恐る恐る続けて聞いてきた。
「それで……大変なお願いをしてしまってもいいでしょうか?」
「何?」
「事故を物損にしていただけないかと」
私は目を丸くした。
話には聞いたことがある、事故には物損と人身があるらしい。
「自分はトラックの運転手をしています。人身となると免許剥奪になってしまって、暮らしていけないのです」
トーンを落としてしゃべる秀臣からは、それが嘘ではないというオーラが感じられた。
太い腕に短髪、ごっつい印象からは程遠い、か細い声。
「まぁ、それは……私も先生の意見とか聞かないとなんとも言えないんですけど……」
「ですよね……」
とりあえずCTスキャンなどを受けてから返事することにした。
実際、身体に異常は感じられない。ちょっと起き上がろうとしたときに腰と足が痛い程度だ。
トイレは、したくなったら看護師さんを呼んで尿瓶にすることになっているらしい。
私は、出来るだけこの運転手に負担をかけたくないなと思い始めた。
こんなにいい人そうだもの、信用しても大丈夫でしよ。
壊れた自転車も買い直してくれるって言ってるし、示談というやつでもいいかなと思えてきた。
病院代もきちんと払いますって言ってくれているし、大丈夫だろう。何故かそう信じられた。
誠一郎が鍵を取りにやって来た。ついでに合鍵を作ってくるようにと伝える。
示談の話には誠一郎は反対のようだったが、なんとかやり込めた。
誠一郎が部屋を出ていった後で秀臣が言った。
「彼女さん、高校生なんですね、うらやましい」
「え?!今のは彼女じゃなくて、その……なんというか、友達」
「そんなに照れなくても」
「いえ、照れてるんじゃなくて……妹、そう、妹みたいなやつ」
焦って返す。変に思われていないかな……?
「妹さん……なるほど、幼なじみかなにかなんですね」
「まあ、そういうとこ」
しかし……と秀臣が頭を捻る。そして、いや……と頭を捻る。
「どうかした?なぁに?」
「失礼なことをお伺いしますが」
うんうん、と頭を振る私。
「もしかして、オカマの方なんですか?」
ビリッと電気が走り背筋が伸びた。腰が痛い。
「ど、どうしてそんなこと……」
「いえ、しゃべり方がなんとなく……気にしないでください。私の思い違いです」
「あ、あぁ」
私は最大級に焦った。言葉遣い、無意識にしゃべっていた。これが面接だったら、と変な汗が出る。
「これは――。これは私の悪い癖で、女の子っぽくなっちゃってるだけなんです」
「――さっき、電話で誠一郎さんという方とお話されてましたよね?」
「えっ?」
そこも聞いてましたか?
「でも、来たのは沙織さんだった……」
慌てた私は
「誠一郎というのは、彼女のあだ名なんです」
と、妙なことを言ってしまった。
「誠一郎さんって、あなたの名前ですよね?」
沙織、ピーンチ!!
この場をどうやって切り抜ける?
そのとき看護師さんが入ってきて言った。
「本宮さん、CTの準備ができましたから、移動をお願いします。車椅子、自力で移れますか?」
「はい!」
と元気よく答えた私は悪戦苦闘し、結局看護師さんと秀臣に手伝ってもらって車椅子へと移ったのだった。