プレッシャー
朝から走ってアパートへ向かっていた俺へ電話がなった。沙織からだ。
なんだよ、今そっちにむかってるよ!
「もしもし?沙織?」
『うん。私。昨日ちょっと事故しちゃって、私、今病院にいるのよ。ちょっと待ってて』
受話器の向こうで人の声がする。
『日赤病院だって』
「わかった。いまからそっちに行くから」
『うん……』
「少しバス乗り継ぐから時間がかかると思う。入院道具、あとで取りに帰るから」
『うん……よろしく』
事故だって!こんな大変なときに!
まぁ、事故は自分だけの責任じゃないからしかたないけど。
急いでバス停まで戻ってバスを待つ。交通センターまで行って、日赤行きのバスに乗り換えねばならない。
事故とはいっても、本人が連絡したのだ、たいしたことはないだろう。
しかし、昨日の夜事故に遭って今頃連絡とか、遅すぎる。
俺はちょっとイラついている自分に気づく。
「な、何をイラついているんだ、俺は……」
バスに乗って交通センターまでいくと、乗り場がたくさんあってわかりづらかった。受付で確認してからバスに乗った。
バスに乗ったのは何日ぶりだろうか。あの、クビを言い出されたあの日以来だから三、四日は乗っていない。サラリーマンや学生がごった返す中、俺は全く別のことを考えていた。
このまま沙織でいなきゃいけないってことになったら、どうしようか。こんな状態じゃ彼氏はおろか、結婚もできない。
いい大学に行っていい会社に就職しなければならない。
それは俺にとって大きなプレッシャーとなった。
いい大学にいって、いいとこに就職して……いい人捕まえていい結婚をしなきゃ……
ぐるぐる頭を巡る。
沙織の人生を壊してはいけない。きちっとした計画をたてて動かないと。
バスはやがて日赤病院の前で停まった。
俺は両替をして運賃を払うと降りて歩き出した。
「本宮誠一郎の病室はどちらでしょうか?」
受付で聞くと、俺は歩き出した。
ドアをノックする。
「は〜い」
沙織の声を確認して中へはいる。
病室には、沙織と、男の人が一人、立っていた。
「紹介するわね。こちら村田秀臣さん。こちらは私のお友達の本宮……じゃなかった、倉田沙織さん」
俺は、
「はぁ……」
とお辞儀をした。
「本宮さんにはホントにご迷惑をおかけして……あっ、こちら、どうぞ座ってください」
「いいえ、お座りになって結構です。私は荷物を取りに行くためだけに来たので」
じゃあ……と秀臣が座る。
「一体どういうことなんです?」
と俺が尋ねると、秀臣が口を開いた。
「私の前方不注意で、本宮さんを横からはねてしまって……」
「それで、容態はどうなんですか?」
「一応打撲と捻挫だそうですが、二、三日は検査も含めて入院していただこうかと」
「二、三日ですか。わかりました」
俺はそう言うと、
「家の鍵、貸して」
とぶっきらぼうに言った。
沙織が荷物をがさごそと漁る。
そして鍵を俺に渡しながらこう言った。
「人身扱いにはしないでおこうと思うの」
「え?」
「村田さん、車がないとお仕事に行けないらしいの。だから、物損扱いにしてもらおうと思って」
「え……だって怪我してるじゃないですか!」
「軽い怪我だし……」
「人身事故でしょう?」
俺の強い意思に反して沙織が言う。
「物損扱いにする」
「だって、あとから痛いところとかでてきたらどうするんですか?!」
「それは自分のほうできちんとフォローしていきますので……」
秀臣がおろおろしながら言った。
納得がいかない俺。
「今回の病院代もきちんと支払ってくれるってだし、大丈夫だよ」
「そうは言っても……」
まだ納得がいかない俺に、沙織が強い口調で言った。
「物損だからね」
俺は仕方なく言うことを聞くことにした。
鍵を受け取り、アパートへ戻ることにした俺。
なんとなく嫌な予感がしつつアパートへ帰っていった。