つけまつげ
沙織が鼻唄まじりに昼食を準備し始めた。
俺は弁当箱を取り出してそれを待った。今日は何にしたのだろう?
しかし、自分の鼻唄を聞くことになるとは思いもしなかった。
機嫌良さそうに昼食を準備する沙織。
俺はそんな沙織を見ながらため息をついていた。もし、あのとき、少しでもタイミングがずれていれば。こんなことにはならなかったはず。そうしたら今頃、就活に勤しんでいたはずなのだ。早く就活しないと、今はどこも厳しいから、溢れてしまうかもしれない。
そんな危機とは全く関係ない顔で鼻唄を歌う沙織。
出来上がったのは冷やし中華だった。
「おぉ、冷やし中華!!もうそんな季節になった?」
「なったわよ」
沙織は軽く答える。
「でも、量が少なくないですか……?」
「量は控えてあるわよ。お弁当も食べるんでしょ?」
「あ……はい……」
「というか、その量を食べれるかどうかわからないけど」
「そんなこと……足りないくらいですよ」
そう抜かしていた俺だったが、食べ始めてわかった。入らない。
この身体になってから、どうも食が細い。当たり前か……
結局冷やし中華はのこして、沙織が残りを食べてくれた。
「この身体になってから、どうも食が太くなって……」
と沙織。
「当たり前でしょ、俺、燃費悪いもん」
「ねんぴ?」
「消費率!」
すると沙織がふふっと笑って言った。
「やっと敬語が抜けた!」
「あ……」
何故か顔が赤くなっていく俺。
そんな俺の姿を指差して笑う沙織はいつも以上に機嫌良さそうに見えた。
「敬語を使わないことだってあるんです!」
「あーぁ、もう戻っちゃった」
「仕方ないんです!!」
そうしてメイク講座は始まった。
すごくドキドキする……
「まず最初に顔を洗う!洗顔料はどこ?」
「せ、洗顔料?」
「そう、洗顔料」
「……持っていませんけど……」
チッ、と沙織が舌打ちをした。俺は、そのあまりの怖さに畏縮してしまう。
「じゃあしょうがない、水で洗顔!」
タオルを持ってくる沙織。もうすっかり自分の部屋になっているようだ。
タオルで顔を拭きながら周りを見渡す。余計なものは一切表に出ていない。これが女の子ってもんなんだな……と感心する。
「顔を拭いたら、次は化粧水」
小さなパックを取り出すと沙織が丁寧に顔に塗った。
すごくいい香りがする。
「次に乳液……って、あんた何してんの?」
「あぁ、メモをとらないと忘れてしまうので」
「ふーん、きっちりしてんのね」
俺は一文一句聞き逃さないようにメモをとった。
「つ、ぎ、は〜コントロールカラー」
そう言って取り出したのは小さなチューブ。
「これ塗らないと顔色が映えないからね」
丁寧に全体に塗っていく淡い紫色のクリーム。
「そして、ここでファンデが登場!」
説明だけ聞いているとどこかのオカマがしゃべっているように聞こえる……
ファンデーションを塗り終えたあと、
「アイメイクからねー」
といい、小さなパレットを取り出した。
「薄茶をここら辺に塗って、濃い目の茶色はここだけで引き締める。こことここには白を塗って」
言われた通りにメモをしていく。
そしてきたのは、つけまつげだった。
「糊をこうしてつけて、まぶた、ウィンクできる?」
「はい」
「このまつげすれすれにつける。はい、もう片方はやってみて」
そんな、いきなり振られても出来ないよ!!
焦ってうまくつけれない俺。また舌打ちされるんじゃないかとびくびくしながらつけまつげをつけた。
「うーん、だめだね……つけまは後に回そうか。次はチーク。このブラシでこうして、フワッとつける。反対側やってみて」
またいきなり振る……
「んー、ダメダメ、そんな濃くつけちゃあダメだよ」
ティッシュで拭かれる。
「そういうときは、こう、手の甲につけて調整して」
俺はまたメモる。
「最後にリップね。グロスをこうして、唇の中心に乗せるの」
「こう……ですか?」
「そうそう、上手いじゃない!これでメイク完了。明日から手を抜かずにやってね」
最後に洗面所の鏡で確認する。たいして変わっていないようにみえるのだが……つけまつげとやら以外は。
こうして沙織のメイク講座は完了した。