ひげそり
翌朝。
今朝は朝からバッチリ目が覚めた。私にこんな朝は珍しい。
しかし、身体はやっぱり重い。さらに昨日のジムの運動のせいか、若干筋肉痛だ。翌日に痛みが来るってことはまだまだ若いってことか。
財布から免許証を取り出して眺める。
本宮誠一郎。昭和六十云年、3月3日生まれ。
ってことはこないだ31歳になったばっかりか……
免許証の冴えない写真を見ながらため息をつく。
朝食に昨日買ってきたコーンフレークをミルクたっぷりで食べる。旨い。
太るとわかっていても食べてしまう炭水化物。
炭水化物ダイエットでもしようかなぁ……遠い目で考える。
今日は燃えないゴミの日だ。先日から掃除して溜まっているゴミをズズイと引っ張り出す。
今日はメイクをしてあげる予定だ。ちゃんと言った通り、ポーチを忘れず持ってくるかな?
ポーチにはメイク道具が一式入っている。お泊まり用の化粧水なども入っているので、そのまま持ってくるといいと伝えてある。
八時半になり、誠一郎がやってきた。
毎度ながら時間にきっちりしている。
ドアを開け、誠一郎を招き入れた。
早速ポーチを確認する。うん、全部入っている。
さっそく座椅子にかけさせ、化粧品の説明を始める。本当は鏡があったほうが教えやすいのだが、誠一郎に聞いてみても鏡をおいていないと言われた。
そうして説明をしていると、誠一郎がもじもじしはじめた。
「なによ、どうしたの?」
「ひげが……」
「ひげ?」
「ひげそりしないと、無精ひげがひどいから……」
そういえば、入れ替わってからひげなんてそったことはなかった。
慌ててひげそりを探す。
「確か洗面所に……」
と誠一郎が探しにいく。
しばしごそごそと探している様子。
あー、ひげそりは確か……
「こっちの箱に入れてるー」
誠一郎はホッとした顔をして戻ってきた。
「それの電源を入れて……力をあまり加えず前後左右に動かす」
「なんか変な臭いがするんだけどー……」
「それは気にしないでください」
ジョリジョリとそっていく。
「あごの下から逆ぞりして、口をこう、やって口元のひげはそる」
誠一郎が身ぶり手振り教えてくれる。
「手で確認しながら……鼻の下はこうやって、膨らませて……頬も同じように、基本的に逆ぞりで」
わかりやすく丁寧におしえてくれる誠一郎に感心していると、プイッと顔を背けた。
「?」
顔の正面に回り込んでみる。
さらにプイッと顔を背けた
「どしたの?」
と聞くと
「な、なんでもない」
と答える。だが、顔はこちらを向かない。
「ねぇねぇ、なんなの?」
すると顔を真っ赤にして言った。
「こんな風に誰かとすごく接近してしゃべることなんて今までなかったから……」
ゴニョゴニョと言葉を濁した。
「はあっ?そんな、今さら?!もう3日目だよ?!」
「今まではやらなきゃいけない、と思うことが優先して、こんなに近くにいるって意識しなかったんです!!」
確かに言われてみるとそうだ。しかし、何を照れる必要があるのだろう?私には理解できなかった。
「今まで、異性とこんな近くで話したことなかったんです……そりゃ、職場では話すというか、要件を伝えあうことはありましたけど……」
ピンときた。確かに携帯には会社の人の他には家族しか登録されていなかった。
しかし、中身が違うとはいえ、見た目自分なキャラにそこまで照れることができる誠一郎を素直に尊敬するしかなかった。
結局ひげそり講座はもう少し続いて、メイクは午後からしよう、ということに決めた。
今日のお昼は冷やし中華だよ!誠一郎!
どうせお弁当も食べてから食べるだろうから、私の分を一・五倍にして、残りの分を誠一郎にあげることにしたのだった。