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◇1◇ナマエはウメ

☆☆☆


 俺のナマエはウメ。三日前に名付けられた。どうなんだそれ?センスを疑うわ。前のナマエも決してセンスが良かったとは云えないが、ウメよりはマシだったような気がする。因みに同じ名付け親を持つ仲間に、タケとマツが居るところを見れば、松竹梅と繋げたかったと理解する。それもどうなんだろうな。つうか俺が一番安いのか?一番見栄えが良いの、俺だと思うんだが……まあ、別に良いっちゃ良いんだが、何となく釈然としない。名付けられてから三日しか経ってないが、呼ばれる度に、名乗る度に、ちょっぴりモヤモヤするナマエであった。


 ところで、俺が何者か……と云えば、猫である。やはり此処は「ナマエはまだ無い。」と云ってみたいところだが、残念乍ら先に述べた様に、ナマエはウメである。ナイわぁウメ。松竹梅とかナイわぁ。

 いや俺がウメで安いからって訳では無くね?マツでもやっぱりナイって思うだろ。関係無いが、それ以前に呼ばれていたナマエはクロである。安直なナマエだ。しかし、沢山ナマエを付けられたが、実のところコレが一番多いしトータルで使った年月もピカイチの長さである。 

 野良して拾われ、野良して拾われを繰り返したが、俺もソロソロ安住の地を求めたいモノである。無理だろうけど。


 因みにマツとタケはカナリアだ。カナリアか?インコ……では無いよな。多分、カナリアである。マツは3日前に庭に落ちて来た。ご近所の猫に追いかけられてるのを見た。フラフラヨレヨレと飛んできた。少し爪も引っかけられて、多分少し咬まれて、割と瀕死だった。しかし、甘咬みだったのだろう。今は元気に鳥籠の中で暴れている。


 俺の目の前に落ちてきて、ギョッとした様に固まったカナリアを、俺はヤサシク銜えると家に入り家主にソッと差し出した。


「………食わないよ?」

「………。」


 そんな事は知っている。家主は微妙な反応をしめす男である。そも、燕や雀なら見て見ぬ振りをしたのだが、カナリアだからな。飼い主がいるだろう。そう考えたのだが……家主は飼い主を探す気配は毛ほども無かった。


 ええ?ナイわぁ。どうなのそれ?何の為に俺は鳥なんぞを家に招き入れたの?

 翌日、家主はカナリアがINした鳥籠を持って帰宅した。………段ボールの中でバタバタしてるのが昨日のカナリア。目の前のカナリアは、購入されてきたモノかと思われた。


 恐らく…多分。きっと。


 微妙な判断は、カナリアを追加してシッカリ飼う気の家主に呆れたからでは無い。いや、それもアルが、どうにもこうにも………不細工なのである。またしても……と云いたい。お前もかブルータスって感じ。全然使うとこ違うけど、そんな感じ。


 カナリアって、もっとキレイな鳥のイメージだったのだが。昨日のカナリアもカナリアか?と首を傾げたが、今日のカナリアもまた大層不細工である。

 黄緑の鳥。デザイン的には……カナリア……っぽい。ん。だが。



 鳥にも美醜ってアルんだな。そこらの雀や燕のほうが余程カワイイしキレイだぞ?ブスが二羽。鳥籠の中で暴れている様子は、何とも微妙な感慨を呼んだ。


「ネコお、食べるなよう。」

「ニ。」


 食べるか。そんなもん。

 なんか腹壊しそうなブサイクっぷりだぞ?俺はゲテモノ喰いの趣味はナイ。


 見れば見るほど…………不細工な鳥である。いっそあっぱれ。アレだな……犬ならパグとか、ああ云う感じ?不細工が味わいなのか?新種か?掛け合わせか?有り得ないブス鳥二羽。うん……一羽ならともかく、二羽だし。


 カナリア色の、なんかこう云う種類の鳥なのかも。


 そう思った。


 因みに、直ぐに撤回された考えだ。



 家主が云うには、鳥籠を買いに行った先で、余りにブスな鳥を見て……こんなブスが二羽も居るとは!と感動して購入したらしい。そんで、家主もマジカナリア?と思ったから、ペットショップで訊いたそうだ。ああ、やっぱり家主もブスだと思ってんだな。思ってなお、飼う気になったんだな。つうか、こんなブサイク初めて!!って気に入っちまった感じ?まあ解らないではナイ。稀少なモノは何だかんだで価値がある気がするからな。


 それがブサイクと云う括りでも。稀少な事には相違無い。


「うん。見れば見るほどブサイクだ。……しかし相性悪いのかな…………。」


 昨日のカナリアを鳥籠に入れた途端、突発した争い。キーだかギーだか微妙な声がまたカナリアか?と疑念を浮かばせる。バタバタとけたたましい羽音と、微妙なブスい鳴き声を上げて、二羽は不倶戴天の敵を発見したが如く争った。

 家主は凛々しい眉を少し歪め、困惑を表したが……俺は言葉が理解出来た為、困惑より呆れが大きかった。


『ぎゃあ、ナニあんたコワイ!ブサイク!寄らないでよ!!』

『キー!ブサイクはあんたでしょ!!ブスブスブス禿げ!!!』

『禿げてナイワよ!ナニ云ってんのよ!滅びろブス!』

『死ねブス!!』


 いや……どうなの?確かに激しくブサイクだけどさ、ブスだからってそうまで云うのって、どうなの?容姿って確かに印象としては、重要なファクターのひとつだけど………ナイワァ。

 まさしく醜い争い。ドン引きした俺だった。


 しかし……メス同士だったのかな。鳥の雌雄なんざ判らないけど。コレだけ仲が悪かったら、オスとメスだとしても、どうしようも無さそうだけどな。

 俺と家主は、その激しい争いに暫く見入った。やがて、家主は終らない闘いから視線を背けた。 カナリア二号を購入した事を、そこはかとなく後悔している様子だった。


「ああっと、鳥だのネコだの呼ぶのもアレだな。ナマエ……付けるか。」


 今さらである。

 家主は鳥の争いから目を背け、俺達のナマエを考えた。


「キイロとミドリ…とクロ。いや、ワンツースリー?アカシロキイロ…キイロ以外が意味不だな。ん……………まあ後で良いか。」


 家主は思い付かなかったらしく、頭をかいて台所に向かった。たまには自炊をするのかと思ったが、俺の御飯を用意しただけで、自分の食事は出前をとるらしかった。いつから一人暮らしなのかは知らないが、それなりに長い様子なのに、自炊のひとつも出来ないダメな家主である。とはいえ、御飯は炊いている。これを御飯しか炊かないと云うか、御飯くらいは炊いていると云うかで、大分印象が変わると思う。

 出前が届くのを待ち乍ら、家主はテレビを眺めていた。テレビからは賑やかな歓声が聴こえる。その歓声が霞む程の、バタバタガシャンと二羽のカナリアが暴れる音がずっと途切れる事なく響いていた。

 不意に家主が顔を上げた。ペロリと前足を嘗め、後ろ足で立って顔を洗っていると、家主が俺を見つめ、暴れるカナリア擬きたちを見やった。


「マツとタケとウメ。」


 なんぞ?

 俺は思わず固まった。近年稀に見る程の、ノーセンスである。つまりは、それが俺達に付けるナマエだと?そういうのか?マジか。


 こうして俺はウメと名付けられた訳である。



「ところでアレだな、ネコ。じゃねえ、ウメ。」


 おもむろに、家主は俺に語りかけてきた。

 何だよ?と、俺は家主を見上げた。

 襟の辺りのゴムが弛んだジジムサイシャツを少したくしあげ、家主はボリボリと腹を掻いた。そんなダラシナイ家主は、もう片方の手でダラシナイ無精髭の生えた頬を掻いき、凛々しい眉の下にあるスッキリとした切れ長の眸で俺をジッと見下ろしていた。

 家主は無駄に美形である。その美貌の活用例を俺は知らない。そして、無駄に頭も切れる。


 そう。

 仔猫の姿の俺を見て、不自然を感じ取れる程度には。



「なあウメ。お前はワルイコトはしないよなあ?」


 ノンビリとした口調だが、これは俺の生死を分ける問いなのだろう。ただのダラシナイ男では無かったのか……そう思った。

 無駄に美しい眸が、ヒヤリとする鋭さを纏っていた。

 俺は、しかし怯じける事も無く、ゆったりと頷いた。そんじょそこらの弱っちい妖怪なら、裸足で逃げ出す冷気にも、俺が怯む事は無い。それが、妖怪を退じる正しく霊気を纏うソレであってもだ。


 そして、本来ならば、寧ろ平然としてる俺をこそ警戒する筈の人間の……纏う霊気がフワリと溶けて消えた。


「だよなあ?仲良くしようぜ?」





 まったく。我が家主殿は侮り難い人間である。

 それこそ、俺も………警戒をすべきなのだろう。その筈なのだが………。


「ニ…。」


 細く可憐な仔猫の声で鳴いて。

 俺はユルリと縁側に向かい、日向の気持ち良さを堪能すべく丸くなった。


 人間ならば。

 特に、異能持つ人間ならば。俺を警戒する筈である。


 俺のチカラを感じとり、警戒して、排斥するのが人間と呼ぶべき種族の筈だ。


 そして。


 俺を放置出来る程の強い相手ならば、俺こそ相手を警戒しなければならない筈だろう。幾ら人間の中で強者と謂えど、俺に勝てる訳が無い。しかし人間も、人間ならではのエゲツない技で、俺を追い詰めこそしないでも、ソコソコ苦労をさせる者は確かに存在する。


 なのに。




 家主は俺にアッサリと背を向けて。



 俺は俺で、縁側でホンモノのネコの様に昼寝を楽しむ。






 永く生きれば、色々な事がある。


 例えば。



 生まれ変わった友人に再会するような………そんな、夢みたいな現実に出逢う事もある。


 弱かった昔。



 それでも人間に排斥された俺を、受け入れた人間。

 なあ。


 オマエ。



 生まれ変わったのか。


 生まれ変わりは、しかし、同じ人間などでは無い。全く違う、似ても似つかぬ性質を持つことも珍しくは無い。

 生まれ変わりなど、珍しくは無い。



 珍しいのは。




 同じ顔で。


 同じ声で。


 同じ言葉を紡ぐ。




 オマエだけだ。




 日射しを感じた所為か、眸の奥がちょっと痛い。



 眸の奥が痛いから……だから。

 ちょっと涙が滲んでしまった。




 バタバタと。

 不細工な鳥たちが争う物音がする。


 あの日。



「クロ……」



 そう呼んだ俺に。


「ウメ。」


 呼びかける声に、俺は眸を開き、顔を上げた。



「クロよりウメのが良いよなあ?」

「……………」



 ちょっと待て。

 どういう意味だコラ?


 固まる俺を置いてきぼりにして、家主は出前を受け取りに玄関に向かった。




 ユラリ。尻尾が揺れる。

 今のは、どう考えるべきなのだろうか?



 ただ。

 ネコ……と呼び続けた俺に対して、クロと名付けようと考えたが、鳥とセットでウメにした。

 よく考えれば黒猫にクロって安易だし、だからクロよりウメのほうが良いよな?とか?そういう意味の、クロより良いよなあ?って問いかけなのか。


 それとも。


 それとも。


 昔は。


 クロと呼んでいたけど。





 ウメのほうが良いよなあ?





「クロ。」



 オマエの……声が聴こえる。過去から、引き摺る様に、手招く様に、オマエの声が俺を呼ぶ。



「ウメえ、お前も少し食うか?」



 オマエの……声が、聴こえる。過去を塗り潰し、上書きし、同じ声が………違う名前で、俺を呼ぶ。


 過去のオマエなら。



 決して人間の食べモノなんざ俺の前に出さなかった。



 決して。


 俺と一緒に食事をしようなどとはしなかった。




 オマエは俺を受け入れ、友人と呼んだが。



 俺の食事だけは。




 受け入れたりはしなかった。






「ウメ、イカ食うか?イカ。」

「ニ。」




 まあ、俺も。

 弱かった頃は、人間の食い物なんぞ食えなかったけどな。





 俺は。

 イマは、普通のネコの振りが出来る。




 ただし。


 仔猫のまま、成長はしないけどな。




☆☆☆




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