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道化師の失笑

あれからシャワーを浴びて寝た俺は、謎の騒音で目が覚めた。無駄に冷蔵庫が開閉される音や......袋を破る音?昨日の腹いせに遼護が荒らしに来たのかと寝起きの頭でぼんやり考えつつ、起き上がる。伸びをした拍子に鳴った背骨が、目を覚めるのを促す。のそりと起き上がってリビングの扉を開けると、昨日拾った女が、口回りを汚しながら冷蔵庫を漁っていた。......なんか、仔犬が一生懸命飯食ってるみたいだな。呆然と立ったままそれを眺めていると、女がこっちに気付いて動きを止めた。

「ふぉふぁふぁひてふぁふ」

「とりあえず食べてから話そうか」

色々汚なかったから食べてから話すよう指示すると、女は大人しく食事を再開した。

「お邪魔してます」

「............はぁ」

口にケチャップを付けたまま言われても困る。つか、こいつの危機管理能力どこいった。目が覚めたら知らない家にいて、まずすることが食事ってどう考えてもおかしいだろ。

「そういえば、どうして私はこんなところに......?」

「......昨日路地裏で倒れてた君を、俺が拾ったからかな」

「そうなんだ......え、えと、はじめまして?」

「......ハジメマシテ」

何かが間違っている気がする。何なんだこの女。対処に困って呆然としていると、派手なドアの開閉音と共に第三者が現れた。

「憂斗!手前よく俺に押し付けやがったな?!あんなケバい女好みじゃないっての。知ってるだろ?!......憂斗?」

「ん?あ、あぁ遼護か」

正直助かった。ずれてる女と二人きりとか拷問以外の何物でもないからな。

「どうした憂斗。ボーッとするなんてらしくねぇな」

締まりのない俺の返事を聞いて遼護は、気遣わしげに顔を覗き込んできた。とっさに誤魔化すための言葉を紡ぐ。

「わりぃわりぃ。腹減ってさ」

「冷蔵庫の前に立って腹減ったも何もないだろ。開けて中のもん食え......よ」

「.........?お邪魔、してます」

「誰この子」

最悪のタイミングで会わせてしまった。誰と言われてもわからないんだが。

「拾った」

「拾われた、らしいです」

「お前らのコミュニケーション能力!!!つか大の女嫌いがどうした」

もっとうまく会わせられれば遼護のご機嫌とりアイテムになったんだろうが、これじゃ無理だろ。

そう思って正直に話すことにする。今考えると最低だな俺。

「お前のご機嫌とりアイテムにしようと思った」

「普通に最低!!!お前な、いくら俺でもこの子が黒髪ロングのストレートの見た目清楚系で目鼻立ちが整ってて好みドストライクだからって機嫌直したり............いや、ありだな」

いいのかよ。遼護の欲求への素直さに軽く引きつつ、女の顔をよく見てみる。......確かに顔は悪くないな。

「え、この子どこで拾ったの」

「路地裏に落ちてた」

「落ちてたって......。何で?」

「知らん」

「家族は?」

「知らん」

「一人なのか?」

「知らん」

「年は」

「知らん」

「名前」

「知らん」

「性別」

「知ら......ってそれは女だろ」

「いや、そんな堂々と答えられても」

「あの......」

遼護と馬鹿な会話をしていると、女が小さく声をあげた。

「「何?」」

遼護と同時に振り向くと、女は驚いたように体を震わせた。が、すぐに持ち直したのか背筋を正す。

「私、ここに置いていただけませんか?」

「あれ、君の家は?ご両親心配するよ?」

俺も思ったことを遼護が聞いた。すると女は、長い睫毛を震わせて言葉に詰まった。そのいたいけな様子に、思わず責めるような目で遼護を睨む。

「なんだよ!俺が悪いってのか?!」

「事情があるのかもしれないだろ。質問はもう少しオブラートに包んでだな......」

「うわぁ、普段気遣いの欠片もない憂斗様がオブラートに包むなんて言葉知ってたんだー」

「殴るぞ」

そうやってバカな会話を懲りずにしていると、女が意を決したように立ち上がって、俺のすぐそばにやって来た。先程とは違う、意思を感じさせる強い光を放つ瞳に、思わず釘付けになる。

「あの!......詳しいことは、話せないんですが。料理でも、洗濯でも、私に出来ることなら何でもします。いつかは理由も説明します。だから......だから、私を此処に置いてください......!!」

思わず遼護と顔を見合わせた。

何これ、面倒くさい。

その思いが顔に出たのか、遼護には呆れたような顔をされて首を振られてしまった。どうやら俺は関係ないと言いたいらしい。......この薄情者め。

遼護からの助けを諦め、あらためて女の方を見ると、彼女は俺からの返事を恐れているのか、目をぎゅっと瞑って、唇を強く噛み締め......その唇の端にこびりついたままのケチャップを見つけた瞬間、朝一番に目に入ってきた光景を思い出して、思わず吹き出してしまった。急に笑い始めた俺に、二人が目を丸くして俺の様子を伺ってくる。その様子がまた仔犬を連想させて笑えてきた。久し振りに背骨付近が痛くなるまで笑うと、俺は近くにあったティッシュで女の口を拭いてやった。されるがままの彼女が面白くて少し強引に拭くと、それに合わせて彼女の頭もぐわんぐわんと揺れる。俺がさらに調子に乗って、恐らく彼女が揺れ続ける頭のせいで酔い始めた頃、遼護に頭を叩かれて俺は我にかえった。

「お前、女の子に何してんのさ」

「......面白くて、つい」

「ついって!もう、君も嫌なら嫌って言わないと、こいつどんどん付け上がるからね?!」

「だ、大丈夫です......」

遊ばれ過ぎて少し赤くなった口まわりを抑えながらも、いじらしくそう答える女の姿に、正直絆された。

「......いいよ」

「「え?」」

唐突な俺の言葉に、二人同時に首を傾げる。

「だから、此処に住んでもいいよ。俺の邪魔をしないなら、だけど」

そう言うと、みるみる女の顔が輝いていった。

「本当......ですか?!」

「ちょ、憂斗?!犬猫拾うのとは訳が違うって!お前らしくないぞ!!」

「わかってるって。どう見たってこいつは人間だ」

......こりゃ、犬っぽいからOKしたとか言えそうにないな。

「そういう意味じゃなくて、わかるだろ?!!」

「お前の言いたいことはわかるけどさ。......拾っちゃったし。面倒見ないわけにもいかないだろ」

「んな適当な理由で......」

「大丈夫だって。一応バイトで貯めてるし、株もやってるからな。こいつを養うくらいの金ならあるよ」

「まぁ、金銭面の心配はしてないけどさ......」

それでも納得がいかないというように、遼護は態とらしく頬を膨らませて俺を睨んできた。キモい。両頬を片手で挟んで潰すと、ぷぅと気の抜けた音がして、遼護の顔が不細工に歪む。

「変な顔」

「お前がしたんだろ?!」

「ふ、」

女が笑っていた。

なんの気負いもないように見えるその笑顔の裏には、どんな事情が隠されているのだろう。彼女について俺はなにも知らないが、今はそれでも良いような気がした。いや、そうであるべきなんだろう。何となくだが、彼女にはなんのしがらみもない関係が必要な気がしたのだ。

「ほら、いいから飯食おうぜ。俺、腹減って起きたんだよ」

「俺も食うー!憂斗君、オムレツ作ってよ。フワッフワのやつ!」

「俺に意見するな。食うしか能のない奴は、黙って椅子に座ってろ」

「はーい!ほら君も、俺とあっちで待ってよー?」

「え?!は、はい」

彼女の笑顔に毒気を抜かれたのか、さっきまでの反対意見などなかったかのように、妙なハイテンションで遼護はリビングに消えていった。案外単純な奴である。

「あー、だる」

そう呟きながら、俺は冷蔵庫から卵を取り出した。台の上を卵がコロコロと転がっていく。その音と共に、リビングから遼護の楽しそうな声と、女の控えめな笑い声が耳に届いた。楽しげなそれに、何故か微かな苛立ちを覚えつつ、俺は作業を再開した。

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