警護
「……え? え、えっと……ほら、あれだ。海中警備だ」
「へえ、そうなんですか。大変そうですね」
今見せた動揺の感じ、やはり烏天狗と同じ引き籠りニートだったか。
そりゃ、人間が嫌いで近寄らず、火車のように定期的な仕事を持つあれはないみたいだ。暇な妖怪の唯一の仕事として、人を脅かして悪霊から逃がす、なんて義務もあるのだが……、人を脅かそうにも、そんなに海の上にそんなに人はいない。人がいなけりゃ、悪霊もいない。
結論、こいつらは間違いなくニートだ。
「あのぅ。人間の社会に、こんな妄言があるんですよ」
家族全員が俺を目を丸くして見つめる。
「自宅警備員って言う言葉があるんです。面白いでしょ」
「それはどういう意味だ」
なにやら真剣そうな顔つきにになって、俺に説明を求める正面の奴。奥からも家族同士で話し合う、ぼそぼそとした話声が聞こえる。
「就職出来なく、人付き合いも苦手で、家からも一歩も出られなくなったニートが、自分の最後のプライドを保つ為に編み出した小細工です。自分の家を天界と呼び、自分の部屋を聖域と呼び、それ以外の空間を下界などと決めつける。そして悠然と自分がまるで真っ当に生きているかのように見せかけ、精神的に一瞬だけ醸し出される誠実性を纏い、自分の無能さを覆い隠す。なおかつ、パソコンに下手に長けている奴が多い為に、セキュリティーがどうたらこうたらで、自分自身の精神にさえも歪で無意味の安心感を与えてしまう、便利かつ狡猾な専門用語です」
「やっぱり喧嘩売っているだろ、お前」
「じゃあ皆さんは、一体何から我々を守って下さっているんですか?」
「え!! それ聞く? それ聞いちゃう!?」
だんだん雲行きが怪しくなってきた。天気は快晴のままなのだが、この場の空気的な意味で。やっぱり、ニートだったか、この捕獲不能レベルの妖怪も。
この手の妖怪は、陰陽師嫌いだけではなく、人間自体が大嫌いだ。故に人間が普段いそうな所には、存在しない。じゃあ、仕事なんてないって話になる。
このご時世に、漁船を襲うなんて真似出来ないだろうしな。
「……ほら、あれだよ、あれ。海中の大型巨大怪獣だよ。そいつが目覚めないように見張っているんだ」
「ほぉ、そんな大人数で。家族全員がいつ目覚めるか分からない怪獣を、ただ黙って見張っていると?」
「え!! い、いや、違います。ほらあれだ。一か所じゃないんです。家族全員でいろんな地点を守っているんです」
「へぇ、それはご立派ですね。じゃあ、悪霊の危険性がありますので、今から我々とその怪獣とやらの駆除をしましょう。やはり人類への危険は早急に対処すべきです」
「いやいやいやいや、関係ない。悪霊とは関係ないです。しかもただの岩石でしてね。皆さんもただの岩石を眺める為に、水中に潜りたくないでしょう」
「いいえ、構いませんよ」
こんな時だけ、リーダーが前に歩いてきた。さっきまで俺に丸投げだったくせに。チャンスだと思って便乗したな。