宿屋
俺達は海に到着した、どこの海かまでは分からないが。
そもそもここが何県の何町なのかすら俺には全く伝えられてないのだが。
俺達が先に向かったのは、海ではなく宿屋だった。
「しばらくはここのホテルに泊まるよ、全員分の部屋は予約してあるから。あとから残り二人もこの場所に合流することになっている。まあ、一日で成功するとは思えないからね。間違いなく長期戦になるから。覚悟しておいてね」
そんなリーダーの声を真面目に聞く三名を忘れて、俺はとても重大なピンチに襲われていた。
頭が痛い、吐き気がする、気分が悪い。
リーダーと五百機さんはホテルのロビーで受け付けをしに向かった。追継と鶴見はなにやら口論している。『ぼたお』というあだ名を鶴見が酷く気に入らなかったらしく、ギャーギャー他のお客さんもいるのに大騒ぎ。隣にいる俺まで恥ずかしいは。だが、そんなことは二の次だ。俺は今、具合が悪いのだ。
そりゃあ、朝からちょっと気分が悪かったのはある。しかし、柄にもなく小難しいことを車の中で考えてしまったから、脳内がオーバーヒートした。ってのは比喩表現で、正確には外の風景を見らず下を向いていたので、酔ったってのが原因だ。
はたして今、この今日から新入社員の立場である俺が、体調不良を訴えてどれほど信じて貰えるか。初日から仕事をサボりたいのかよ、なんて思われたりしないだろうか。
「だから『ぼたお』って呼ぶの止めて下さいよ」
「でもその恰好で女の名前の呼び方をしてしまったら、おかまだと思われますよ。あと、仕草も変えないと」
「素人の私にそんな高等テクニック出来るか!! 私服に着替えさせて下さいよ」
「駄目、駄目。あと一か月はその恰好を維持っていうのが、お前への裁きなんだから」
「嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺がこんなにも苦しんでいる時に、何て呑気な奴らだ。
「鍵を待ってきたよ~、さあエレベーターに乗ろうか」
受付に向かっていた二人が戻ってきた。五百機さんが鍵を右手に持っている。
「先に荷物を部屋に置こうね。その後は、仕事して、お風呂に入って、卓球して、トランプして、ウノして………」
わーい、リーダーから微塵もやる気を感じねえ。俺も気合いを入れなくて助かるぞ、ラッキー。こんなんで本当に捕獲不能レベルの妖怪を捕まえられるのかよ。
「はぁ...、こんなことで本当に捕獲不能レベルの妖怪を捕まえられるだろうか」
どうやら心配していたのは俺だけじゃなかったらしい。五百機さんが大きくため息をついた。