誤算
火車達が騒ぎ始めた。
「ん? 何あれ? 御上の家の娘じゃない!?」
「何ですって!? あの暴君という言葉をそのまま人間化したようだと言われるあの子!?」
「まずいザーマス、こっちに来るザマス!?」
「嫌だわ、早く逃げないとタイヤにさせられちゃうわよ」
「キャー、嫌っ嫌っ。こっちに来ないで化け物!!」
「捕まる前に逃げるわよ。いやもう最悪だわっ、乙女を追い回すなんて最低ぇ」
おい、お前達。貴様等の性別なんて知ったことではないが、一応般若みたいな顔をして、もっと詳しく表現するとハゲた人生折り返し地点の、ダサいオッサンみたいな顔をしているんだからさあ……って、ゆっくりとつっこみを入れている場合じゃない、早くあいつ等を逃がしてやらなきゃいけない。
しかし、状況はさらに悪い方向に進んでいった。火車の動きは俺の予想なんかよりも遥かに速く、よつばの脚力では絶対に追いつかないスピードで逃げ去っていった、嬉しい誤算だった。
だが、ここで悪い誤算があった。慌てて走り出した為に、悪人の魂を背中から溢しながら走っているのだ。本人達はそのことに恐らく気づいていない。よつばから逃げることに必死になっている。そして、この悪霊の魂が霊界から抜けて、現界に出てしまったら、悪霊となり人々を襲い始める。
「ちぃ、逃がしたのじゃ」
「馬鹿野郎!! 空気読め!! お前のせいでこんなことになったんだぞ!!」
真っ先に動いたのは飛鳥だった。
「鬼神スキル杭桜、続けて鬼神スキル槌楯」
杭桜はお札を空中にばら撒くスキルであり、槌楯は魂をお札の中に封印するスキルである。完璧なテクニックであっという間に半分以上は捕獲してしまったが、数が多すぎることに流石の飛鳥も太刀打ち出来なかったらしく、何匹かが俺達の頭上を抜け、飛び去っていった。
「現界の入り口を探しています、逃げられるのは時間の問題です」
畜生、こんなことになるのだったら始めから、殴られても、蹴られても、霊界に来るべきじゃなかった。知識はあったのになぜこのシチュエーションが予測出来なかったのだろうか。結局、友達を助けるとか、ことを穏便に済ませるとか、虫のいいことを言うばっかりで、俺は何も出来ちゃいないじゃねーか。特に何もしない陰陽師、いや違う。この後、あの現界へと向かった魂の回収作業を考えると、皆に迷惑をかける陰陽師だな、俺は。
小学生の頃から何一つ変わっちゃいない。俺はまた何も出来ないのか、駄目人間のままか。また怖くて逃げだすだけの臆病者になるのか。また何も守れないのか、俺は。