蒸発
教育係。ははん、なるほど。そりゃあ……最悪だ。
俺は今までの不幸な人生の中で、汚い組織事情や醜い大人の社会を身を持って体感してきた。だから、鮮明に分かる。
教育係とは、つまり。権力者が使う絶対服従の要求宣告。例え正しかろうが、正しくなかろうが、関係ない。今までのルールが全て崩壊し、そこには教育者というたった一つの理のみが、法律となる。完璧なまでに残虐非道な状態方程式だ。
そして何より分かる。俺の極限まで極められた悪寒が精神に告げる。
この五百機五十鈴さんってお方、間違いなく性格の厳しい人だ。
そう、例えるならば、真面目なクラス委員長的な地位の。自分の私生活を律し、他人を拘束すべく、知的かつ理論的に他人を従わせる、的な。
いや待てよ、そうだ。正当な理由を叩きつければ、この場から脱出出来るかも。性格が真面目な人ほど、正論は効き目があるのだ。
「すみません、これから俺は学校があるんですけど」
そうだ、俺は一般高校生なんだ。流石の俺の地元の機関だって、学校生活に支障をきたすような要求はしてこなかった。ましてこんな百鬼夜行という怪しい機関が学校に行かせないなんていう、危ない綱渡りをするはずがない。
取り敢えず学校に行って、飛鳥にでも接触し、保護して貰うとするか。
「それについては安心しろ」
そう言うと、追継ではなく五百機さんの方が口を開いた。
「君は世間で死んだことになっている」
…………え?何で?生きているよ、俺はここに。
「だからだ、今のところは行方不明だという扱いだろう。だが、三日も行方不明で姿が見えないなら、望みは薄いと考えるのが妥当だろう。陰陽師関係者はお前は爆発を食い止める際に、事故死したって思っているよ。お前の陰陽師に関係ない連中には……蒸発したって設定になっている。」
ちょっと待ってくれ、なんでだよ。別に陰陽師に関係ない連中は、なぜ俺が突然、蒸発したなんていう設定を受け止めたんだよ。ありえないだろ。
「……お兄さん、今のは五十鈴さんの冗談ですよ」
え? 冗談!!
「ちゃんと私が貴方の学校に、『ちょっとアフリカにボランティアに行ってきます。全ての貧しい子供達を救済するまで俺は家に帰りません』、って内容の手紙を送っといたから。あと、お兄さんの家にも」
それはそれで駄目だろ。顔を五百機さんの方に向けると、さっきまでの厳しそうなオーラがすっかり抜け、意地悪そうな表情をした。
「んで、さっきの俺が死んだって話、どこまでが本当で、どこからが嘘なんです」
「はっはっは、冗談を言って悪かったな、誰も君が事故死したなんて思っていないよ。ましてや、蒸発したなんて思っちゃいない。本当なのは三日たったってことと、今の追継さんの手紙の話だけだ。だから安心しろ」
良かった、だったら皆が俺を心配してくれているはずだ、助けがくるのも、すぐかもしれない。良かった、良かった。
すると、不意をつくように五百機さんが俺の顔の前に、とある紙を差し出した。なんだこれ?
『橇引行弓は始末した』
って白い紙に書かれている、しかも血文字で。
「これと全く同じものをお前の機関の事務所前に捨てて置いた」
「何してくれてんだよ!!」
「だから安心しろって、誰もお前のことを死んだなんて思っていないよ」
「思っているに決まってんだろ、こんなの見せられたら!! つーか、またもや無断侵入を許したのか、偉そうなこといって本当に守備体制がザルだな!!」
「いやいや、むしろこの前の事件の処理がまだ不十分だった為に、皆さん忙しかったらしくって隙だらけだったんだよ、ちょろい、ちょろい。ってな訳だ、お前が学校に行かなきゃいけない理由なんかなし。早速、働いて貰うよ。私と一緒にね」
初めてだ、ここまで学校に行きたいと、心から思ったのは。