旋風
「行弓君、止めて下さい。あまりに危険です。貴方はそんなことの出来る人じゃないでしょう」
遠くから飛鳥の声が聞こえた。必死に叫んだその声はしっかり俺に届いたが、俺の決心は揺るがなかった。
「飛鳥、よつば、すまん。本当にすまん」
日頃から、口からデマカセなど得意分野ではないが、今回は本当に何も頭に浮かばなかった。仲間を裏切る罪悪感や、親友との友情を捨てる虚しさ、死ぬかもしれない恐怖、そんな心苦しさを抱えながら、今から俺は身の丈に合わないことをしようとするのだ。
「でもしょうがねーじゃん。俺にだって一回くらい頑張らせてくれよ」
そうだ、例え正しくなくとも、美しくなくとも、俺にはやらなきゃいけないことがある。
「行くぞ、烏天狗。親友揃ってニートの御面返上といこうぜ」
そう叫ぶと、もう完全に諦めてくれたようで、烏天狗は俺を背中に乗せ、全速力で爆破圏内へUターンした。
「おい、行弓。任されたはいいが、わしはいったい何をどうすればいい?」
「あの爆破を止めてこい、犠牲者を一人も出さないようにして」
「相変わらず無茶苦茶だ。だが、わしとて我が主様からの初めての依頼だから、失敗して恥ずかしい思いは、御免だ。……さて、」
何て言っている間に、もう到着した。やはり捕獲不可能レベルの妖怪はスペックが違う。豪雨の中で雷が鳴る。あの化け物提灯のせいで、人々の大騒ぎが止まない。だが、その騒ぎの視点が、一瞬にして変わった。この烏天狗へ。
疑似小型台風。烏天狗はわずか数秒のうちに、渦状の暴風の渦を完成させた。それは、肉眼でも白く見えるほどはっきりとしていて、 豪雨や雷にも負けない轟音を響かせている。俺は今まさにその台風の中にいる。相棒と一緒に。
「見よ、行弓。これが我が旋風だ」
「ちょっと烏天狗さん、きつい、痛い、吹き飛ばされるぅ~」
風の影響で俺の体は飛ばされそうになっていた、両腕を肩に巻き付け、必死に歯を食いしばり、涙目になってしがみ付く。最後までカッコ悪いな、俺。
「では、行くぞ」
その掛け声の瞬間、あの提灯お化けが光った。爆発だ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そこから、先の話である。笠松町の犠牲者は奇跡的にゼロ。爆発は見事、謎の異常現象により消し止められた。鶴見牡丹の暗殺を試みた討伐隊の男は、規則違反により、陰陽師を解雇となった。厳しすぎる処罰に思えるが、これだけの騒ぎを起こした発端ならば、当然の処置かもしれない。すぐさま他の近所の陰陽師機関の援助もあり、笠松町の全ての一般人はその夜にあったことを忘れた。今回の事件は規模が大きい為に、記憶消去に時間が掛かったらしい。御上よるべを含む地元の陰陽師達は、入院することになった。日野内飛鳥も入院まではなかったが、次の日の学校は病欠し自宅で安静に、という運びになったらしい。
なお、百鬼夜行のメンバーたる鶴見牡丹はその式神の二体もろとも姿を消した。捜索は、全陰陽師機関の総力を挙げているが、何の手掛かりも見つかっていない。その事件の最中に、振払追継の姿も確認されたとして、同時に捜索を行っている。
そして、笠松町の少年一人が、いまだ行方不明のままである。
四話、完