父親
この状況において、俺が出来ることはたった一つ。飛鳥に連れられ、よつばと逃げること。
間違っても、あの爆発を阻止することや、人民救助じゃない。
この場で逃げることは、俺の基本理念にも、陰陽師の基本理念にも反しない、誰もが予想している俺の取るべき行動。だから俺は今、最高に正しい行動をしている。だから。
「だからって、こんなんでいいのかよ」
俺はヒーローになりたくて陰陽師ななった訳じゃない。陰陽師の仕事をしていた時に、ヒーローになりたいという精神が芽生えた訳でもない。しかし、こんな今になって、そんな薄く儚い夢が広がってきた。しかし、俺にはどうしようもない。
妖怪は一般人の目にもしっかり見える。これはずっと前に説明したはずだ。だから、あの巨大提灯お化けの姿もしっかり一般人の皆様の目もご覧になった訳で。上空から下を見下ろすと、異変に気付いた人達が騒いでいる。
なにかのエンターテイメントだと、思い喜ぶ人が一割、律儀に逃げようとしている人が一割、あとはクールに無視している連中が八割ってとこか。まあそんなところだろう、映画みたいな展開が現実になる訳がない。そう考えて当然だ。仕方ない。だから、彼らには死んで貰うしかない。
「行弓、飛鳥の真剣そうな顔や、傷跡から見て、あれは本当に危険なもの何じゃな」
よつばは、怯えきったような声を出し、隣にいた俺に話しかけてきた。表情も明らかに、いつもと違う。よつばの顔から、恐怖が垣間見える。
「あぁ、残念ながら今回はマジでやばい」
「じゃあ、父上は……」
そうなるよな、普通に考えて。御上よつばの父、御上よるべは、戦闘で動けなくなり、爆発を止める手段もなく、陰陽師の規則により退避も出来ず、死を待つのみという状況だ。俺達はこうなることが、分かっていながら、御上よるべを放置して逃げた、ということになる。果たして陰陽師の規則だったから仕方なかった、なんて言ってよつばは納得してくれるだろうか? いや、俺が逆の立場なら、暴れまくっていただろう。恐らく、俺も飛鳥もよつばから一生恨まれるな。
「飛鳥、よつばに何て言うんだ」
俺は飛鳥に念力を飛ばした。よつばには聞こえないように。
「さあ、私は飛行で忙しいので、行弓君が説明して下さい。この際、虚言も許しましょう」
飛鳥は自分の罪を隠したくて、こう言ったんじゃない。よつばを傷つけない為に、こう言ったのだろう。それが分かったから、俺はよつばにこう言った。
「御上の野郎はまだ敵と交戦中だ。大丈夫、お前の父ちゃんがきっとこの町を守ってくれるよ」
嘘を言った、完全な嘘だ。御上は立てない、この町も助からない。俺は何一つ、正しいことを言っていない。飛鳥は黙って正面を向いていた、よつばも黙って下を向いていた。しばらく三人の中で二分くらい沈黙が続いた。
「ようやく、町を出ました。あの大きさの規模から考えて、ここは安全地帯でしょう。念の為、もう少し離れます」
飛鳥のこの言葉に自分の命だけが助かったことに、ほっとしていた。そんな自分を殺したくなった。