自爆
俺はバイクに跨ると、一気にアクセルを踏んだ。
俺の淡い推測が正確だとしたら、鶴見牡丹に勝ち目はないだろう。別に最初から戦闘を覗いていた訳ではないが、俺の手によって鶴見の切り札は完全に無力と化した。それゆえ、鶴見牡丹の手にはもう百鬼夜行の与えた絶大的な力は存在しない。どういう了見で参戦してきたのかは定かではないが、飛鳥は内の陰陽師の中でも実力は随一だ。元の強さに戻った鶴見牡丹ごとき勝負にならない。
俺の推測はおおよそ当たっていた。戦場に到着した時には、もう鶴見牡丹とその式神は一反木綿に体をぐるぐる巻きにされ、上空に拘束されていた。だが、御上を始めとする内の知り合い四人と、恐らく噂の討伐隊の生き残りの一名は、地面に這いつくばり、荒い呼吸をしている。皆、体じゅうが火傷だらけで、爛れている。飛鳥も無事と言える状態ではなかった、他の五人と同じくらい怪我をしている。
「鶴見、てめぇ!!」
俺の叫びに、戦闘中の二人が振り向いた。飛鳥はいつものぼんやり希薄なフェイスで、鶴見は心底絶望したような顔つきで。なるほど、俺が牡丹燈篭を無力化したあたりから、戦況が逆転したのか。鶴見の式神である牡丹燈篭は、契約により鶴見に妖力を分け与えている。基本、相手を一対一の体制に持ち込む牡丹燈篭は、せいぜい人間一人を押さえつける程度の力さえあればいい。だから余った妖力は全て鶴見が使用出来た。鶴見牡丹の強さの権化は、まさしくそこなのだ。しかし、もうそれは無い。
「終わりだ、お前の負けだぜ。諦めろ」
俺はいつも勝利を確信するのが速すぎる。しかし、これは完全勝利と言ってもいいんじゃないか。
「橇引行弓!! なぜ、牡丹燈篭との通信が途切れた!! そんな・・・」
「あぁ、あんな強い妖怪を無条件で使いこなそうってのが、間違いだな。いつだって、強さにはリスクってのが伴う。調子に乗りすぎたな、鶴見」
せっかく、カッコつけているのに飛鳥が邪魔してきた。
「へえ、強さにリスク。なるほど、つまり行弓君が今まで弱かったのは、何のリスクもなかったからなんですか。そうですか、そうですか」
違う、俺は単に才能に恵まれなかっただけだ。
「あはははっははははははは」
突然、鶴見牡丹が奇妙に笑い始めた。それはまあ、恐ろしく。一体、何が面白いというのだ。勝負は着いたというのに。
「おい、特に何もしない陰陽師!! 最高に凄いと思うよ、お前。どんな手品か知らないけどさ、牡丹燈篭をリタイアさせるなんて」
「教えてやろう、その名を柔道だ」
「あっそう、まあいいや。確かに君の言うとおりだねぇ。やっぱり勝利ってのには、リスク。いや、犠牲が必要だよね。分かる分かる。だからさぁ、もういいや。私は私を犠牲にしよう」
そういうと、今まで鶴見同様に一反木綿に捕獲されていた提灯お化けが、膨らみ始めた。まるで気球のように。まさか、これって!!
「こうなったら、自爆してやんよ」