鎌鼬
鎖鎌がカーブして向かった先は、松林力也本人だった。妖怪同士の衝突なんて、こっちは望んでいない。奴はずる賢い、手のひら返しや常識を超えた非道な真似が得意だ。だが、俺の見立てでいくと、奴は対して賢い部類じゃない。
「絡んだ!!」
捕獲完了、地面に鎖の部分が突き刺さり、奴を完全に行動停止に追い込んだ。これで少しは楽に戦えるだろう、もう少し手こずると思っていたのだが。このまま鬼神スキル『畳返』で奴を、妖力の発動できない空間に閉じ込める。これで奴はあの場所から這い出る事などできない。
「お前が殺した人間の痛みを味わえ。お前は極刑に相応しい、そして断罪方法は、餓死だ。悪霊じゃないただの人間が栄養を摂取せずに何時間持つかな」
俺は妖力を鎖に貯める。『畳返』は理事長に禁術だと言って、使用禁止を約束した奥義である。しかし、奴は俺の宿敵であって、人類を破壊するモンスターだ。奴に咎められるくらい安いものだ。
「鬼神スキル、『畳返』」
行動をせずに目を白目たまま、一歩も動かない松林力也。自分が王手をかけられている事に、勘付いていないのだろうか。あと一歩で絶対に抜け出せない牢獄に閉じ込められる事に。例え具体的に現象がわからなくても、技が飛んでくるなら少しくらいは、なにかしらの手を打つのが望ましいだろう。
「悪あがきなしか。こっちは好都合だったぜ」
奴を周りを障子が埋め尽くす、そして俺だけが自由な権利を有する空間へと攫った。今回はきっちり、あの大広間へと。絶対に抜け出す事はできない場所へ。部屋を出れば、体を鎌鼬が切り刻む。そして妖力を練り上げる事も不可能だ。
「終わりだ、これで奴は餓死するしかない」
「いや、これで終わりって程に奴も甘くないだろう」
面来染部、手助け不要と言った傍から、本当にただの傍観者になっていた絶対回避野郎。奴を倒したというのに、腐れ文句とは片腹痛い。
「おい、倒しただろうが」
「いや、君はちょっと楽観主義者かもね。というか、君はさっきから誰と話をしていたんだい? この部屋には松林力也以外に誰もいなかったんだろう。側近と聞いていたダモンという男さえ」
それは寧ろ、好都合という奴じゃないのだ。これでもう他の敵と闘う仕事は必要ない。これで安心して安堵できるって事じゃないのかよ。
「違和感なら君だって感じたはずだ。あの馬鹿にしては覇気の無い態度、焦点の合っていない目。野望の消えた抜け殻のような姿。我々はね、既に松林の残像を追いかけていたんだ。この世界にもう松林力也なんて生き物はいない。奴はもう死んでいた、我々が見ていたものは、ただの過去の映像だよ。『くらぎ』が作り出した映像だ」
『くらぎ』。陰の妖怪の女王。妖怪を捕食し自らの糧とする妖怪。
「じゃあ俺の攻撃は失敗したっていうのか?」
「いや。そんな事はないよ。ちゃんと君の鎖鎌は奴をあの空間に誘い込んだよ。もっと言うなら、『くらぎ』自身が”わざと”、あの空間に入ったんだ」
捕食が目的で……。じゃあ松林から覇気が感じられなかったのは…‥奴がもう既に死んでいたから。じゃああれは松林を既に食べている『くらぎ』の人間体の姿なのか。
「おい、じゃあ俺の空間は……」
「今頃、障子の壁は全て奴に食べられているだろうね。さながら、ヘンゼルとグレーテルに出てくるお菓子の家が如く」
…………目目連!!
「主殿、仲間との連絡がつきません!!」
「吐き出せ!! 奴は捕獲できる相手じゃない!!」
甘かった、確かに楽観していた事を認めよう。もっと現実的な戦闘を予想していたのだ。畳返なんて初めから諦めていた作戦だった。奴がまさか、こっちの空間にわざと入り込んで来るなんて。捕食事態に妖力がいらないなんて、どうして気がつかなかった!!