無謀
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松林力也と闘うのは初めてだ、というか奴は既に陰陽師の常識をいくつも超越している、何をどう傾向分析しても意味がないだろう。いつ切り札である『くらぎ』を使用してくるか分からない。こっちは、持っている切り札はたった一つ。超越できるのはたった一回。この勝負、手札が先に無くなった方が死ぬ。
「奴の手札は溢れるほど、こっちの手札は一枚」
圧倒的な不利、馬鹿じゃないなら逃げ出している。俺に勝てると誰が予想できる? 俺に逆転のチャンスがあるか? まあ、もう考える事も馬鹿らしい。だから………奇跡を起こすしかない。
「行くぞ、王様野郎!!」
俺の制服に目目連の目玉がびっしりと埋め尽くした。ここまで密着していれば、目目連をそう簡単に捕食出来ないだろう。障子で拡散して逃げ場を消すのが俺の基本戦略だが、奴が大型の妖怪を出してくる限り、そんな真似はできない。
「散弾!!」
まずは相手の出かたを見る、相手に主張させる。これが戦闘の極意だ。俺は今まで自分を冷静に見れてなかった。調子に乗って自惚れた。相手が格上であるからこそ、冷静に自分を見つめ返せる。
「さぁ、どうにでもしやがれ!!」
体中から放った俺の攻撃は一直線に奴へと向かった。さぁ、手の内を明かしやがれ、俺をトコトン追い詰めろ、必殺技とか叫んで、俺を逃げ回らせ、優越感に浸りながら、奴の手の内のストックを一つずつ削っていく。
だが……。
「おかしい……」
無反応、というかアクションを起こそうという気がない。破棄が無いのは元よりだが、自衛の反応もないのか? 本当に戦意喪失したのか?まさかもう自分の思い通りにならない世界に絶望したとか?
「おいおい、何をしてくるのか期待したら……」
奴はようやく行動を始めたかと思いきや、ただの羽虫を振り払うモーションで、全ての俺の散弾を打ち消しやがった。
「ここにいた連中の方がまだマシだったぜ。とんだ三下の餓鬼だな。お前みたいな雑魚を見せたら、あの落ち零れも喜ぶかもなぁ。やったぁ、底辺には底辺がいるって」
十中八九、橇引行弓のことだな。落ちこぼれなんて単語は奴にしか似合わない。奴は確かに才能の無いやつではあったが、叶わない敵に臆せず挑む覚悟の持ち主だった。じゃあ俺は……。
「確かに俺は奴の行動に毒されたかもな。まあ、それでもそれでいいや。理由や理屈が大切なんじゃない、お前がこの世界から消え去るのが、問題だ。これ以上に好き勝手させない。俺は死んででもお前を殺す」
「そんな単語を並べれば、自分が主人公にでもなれる気か? お前も俺が今まで見てきた楽観主義者と全く同じだよ。人間はいつも最悪のパターンを想像して生きるべきだ。お前は希望を持って生きている、お前は万死に値する。人間は不幸な未来を虚ろに思い浮かべ、警戒して最善の選択で生きるべきだ。お前こそ人間失格だぁ!!」
奴の虚脱の原因はそれか。奴はいつも最悪のパターンを想像して生きてきた、だからこそ嫌な事から物事を始め、時間の猶予が他人よりもあった。自分を絶望に誘い、その上で打開策を練り上げる。運命への敗北の可能性が消える。
ゲーム脳だな、未来を悲しみで埋め尽くすなんて。常に『悪いこと』が起きると想像して生きるなんて。楽観主義者の何が悪い、無鉄砲が、無茶が、無謀が、何が悪い。ゲームのように世界は計算されていない。未来に何が起こるかわからない。俺がお前に勝つかもしれない。
距離を取らなくては、奴がやっと動き出した。これで本当に戦闘になる。ダメージ的には皆無だったが、奴を起こせたなら意味はあったか。
「ヒットアンドアウェイって奴か? 気に入らないなぁ、最近の餓鬼はこれだからいけねぇ。これが平成の生み出したゲーム脳の屑心境かぁ!! すぐに逃げ出しやがる。反撃が怖くてビビリあがる。殴る権利がある奴は、殴られる覚悟があるやつだけだぁ!! 」
それはお互い様だ、おれもゲームが好きな奴とか、ゲームが得意な奴とか大っきらいだ。過去にもそんな奴には碌な奴がいない。あんなテレビの画面で、架空の生物で、架空の武器で、逃げる事を前提に闘う手法なんて、大っきらいだ。
同じだから、鏡に自分の姿が写る。お前も不快だろう、おれも不快だよ。お互い様なのさ。