賛美
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「お前が松林力也か、会いに来たぜ」
城までの潜入まで問題なし、城に来るまでにトラップなんて物もなかった。別にあの酷い有様を生み出した『くらぎ』という妖怪の女王も、徘徊している様子もなく、俺と面来染部は容易に、この奴のいる御門城の天守閣まで無事にたどり着けた。
それらしき門番もいない、それらしき番犬もいない、それらしき警備隊もいない。奴はこの世の王になる気はなかったのか? こんな孤独な世界で、どこが王の風格だ。自分を賞賛し賛美する犠牲者がいなくては、王様の座に立っても意味がないじゃないか。
「なんだ、また子供とオッサンか。まあいい、暇だったところなんだ。どうだ? 俺の臣下にならないか? この際だ、餓鬼だろうが、なんだろうが、関係ない。城を手に入れたはいいが、どうも臣下がいないと格好がつかない」
奴は元の阿部清隆が寝転んでいた場所で、同じように寝転がり、馬鹿みたいに欠伸をし、気怠そうにしている。目が充血している、髪がボサボサだ、服も黄ばんで感じる。何があった?
「選挙立候補者が如く街を徘徊したらよう、どいつもこいつも馬鹿しかいなくてよう。認めないだの、いなくなれだの。大人しく仕事しときゃ、服屋の妖怪くらい見過ごしてやったのによう。意地を張って死んだってんだから、笑い話にもならないぜ」
松林の発言に覇気がない、まるで薄汚れた子犬のようだ。精神が麻痺している、目が死んでいる。奴は運命という名前のゲームの、クリア目前じゃなかったのか。人生で一番の絶頂期じゃなかったのか? なんだ、あの萎れた態度は。
「お前らは俺を王と認めてくれるのか? ならば臣下にしてやろう。って、その辺に歩いているやつにも言って回ったんだがな、どいつもこいつも笑うか、怒るか、悲鳴をあげて逃げるかのみ? つまらん奴等だと思わないか?」
つまらないのは、お前だ。テストで学年一位を取る方法、それは自分以外の全員の受験者を殺す事。こいつの言っている理論はそんな話だ。どうして100点を取るという発想にならない。頭の悪い餓鬼の、無駄話にも劣る馬鹿みたいな理論だ。
「阿部清明の子孫がそんなに重要か? 拘るべき要点か? こいつらの拘りのせいで、あの脂汗が完成したんだろうが!! 俺が変えてやるんだ、俺が二代目の阿部清明になる。真の実力者が世界を統べる。これに何の間違いがある」
間違いだらけだよ、だってお前は王じゃないから。確かにお前の言う脂汗こと阿部清隆は、何の役にも立たない只の冠に過ぎなかった。だが、それでも物を言わぬ人形と同じ。餌を与えれば、暫くは黙る。まだマイナス効果は産まなかった。
だが、お前は魔王だ。世界を滅ぼそうとする悪魔だ。誰がそんな奴に従うか。お前は周囲からモンスターとしか思われていない。間違っても、覇王などという高尚なあだ名ではない。既にお前は毒を持った蠍と同じだ。『百害あって一利なし』なんだ。
「台風が接近してきて、台風の撒き散らす災害に心を惹かれて、台風を崇拝して、崇め奉って、ってする奴がいると思うか? 逃げるだろ、普通」
「あぁ?」
「お前は王じゃない、モンスターだ。人間はゲームのキャラじゃない。どんな人間だって心を持っている。幸せを願っている。お前はそれを踏み躙るだけの存在だ。お前に付き従うのは、死よりも恐ろしい」
俺の今までの奴のイメージは暴君だった。だが、それも甚しかったらしい。奴の存在は結局は『化物』。特撮ヒーロー番組の怪人に他ならない。
「残念だったな、お前は……もう人間じゃないんだぜ。お前は……人間失格だ!!」