膝下
御門城、陰陽師本部の拠点にして阿部清明発祥の地。そこが今じゃ外見からしておかしくなってしまった。
煮え切らない俺だったが、意を決して向かった先は霊界の首都、御門城のお膝元だった。この場に出向いた回数は多くない、俺は自分の因縁に自己嫌悪していたからだ。古来の島流しを未だに引き摺っているのだ。まあついこの間に、綾文功刀という悪霊と戦うために乗り込んだのだが。
過去のトラウマなど言っている暇など俺にはない、悠長なことを言っている余裕は無い。そんな理由は俺にとっては、もうどうでもいい事だ。そんな理由で足が竦むくらいなら、もっと別の理由で挫折している。
おかしくなったという表現をしたが、どういう世界に成り果てたかと言うと、それは悪鬼羅刹の怒号が飛び交う訳でも、大型大怪獣が練り歩いている訳でもない。虚空の嵐、何もない世界。そこには陰陽師も、妖怪も、建物も、全てが消えてなくなっていた。破壊されたというのなら、残骸が残っているはずだ。それすらない。あったのは、只の空虚な地面だけ。これでは無残という言葉すら出てこない。
「おやおや、私はここに来るのは初めてなのですが、確か御門城のお膝元って、陰陽師御用達の御札や巫女服を作っていたり、武器が売ってあったりする、賑やかな場所と噂で聞いていたのですが?」
「面来染部、その設定で正しいぜ。だから……これは……」
終戦の大地、いわば全てが狂った世界。
「主殿……これは……」
「敵を見なくして、絶望だな。なんじゃこりゃ」
空虚な石畳の地面の先に御門城があった、あの建物だけが健在だった。まるで寂れた城のようだ、砂漠に置き去りにされた遺跡にしか見えない。砂埃に塗れて視界が歪み、より一層に汚らしく感じる。
「これじゃあもう、ここの住民の命は期待できないな」
「君が松林力也を始末しない限りは、日本に未来はない。これではっきりしただろう。言ってくが、この絶望は全国に、一般人の日常にまで伝染する。ここで逃げても関係ないさ。緑画高校なんて、真っ先に潰されるだろうね」
……これが独裁主義者の政治的な行為だとするなら、馬鹿げている。奴は本気で会を自分一色で塗り替えるつもりだ。
「ポジティブにいこうぜ。これでどんだけ大暴れしても、誰にも二次被害はないって話だろう」
「まあ、そうだね。そして野外で戦うなら、君の大好きな小細工が本領を発揮しない事になる。だって障害物がないだろう、不意を狙った一撃とかが決まらなくなるね」
……闘う前から、そういう気合を下げることを言わないで欲しいのだが。
「主殿、この命捧げる所存など、お仕えした当初から決心の身。食べられる覚悟は出来ております。さぁ、心ゆくまで、名誉挽回をしましょう」
名誉か、陰陽師機関党首の座としての名誉か。いつもの責任のない、批判家の俺なら、そんな馬鹿みたいな物は不必要だ、とか言うんだろうな。
「やっぱり、松林力也は許せないな。どうせどこに逃げたって時間の問題だ、生き恥晒すくらいなら、男らしくここで死んでやる。これが……救わなかった河野壱絵の元へ行ける唯一のチケットだ。だから……ここで俺は」
「じゃあ私も安心だ。殺した張本人と、見過ごした遺棄者。両方とも痛がって共倒れしてくれるなら、是非はない。二人仲良く死んでくれ。だが、君が死ぬのは勝手だが、私にも復讐者としてのプライドがある」
ここは命を一番に大切に考えるなら、死なないで帰るとか、もっと未来の話をするべきだろうな。だが、今の俺にそんな希望的観測は頭に浮かんでこない。高確率で俺は無駄死にするだろう。だが……俺だって人間だ。
どんな負け犬だって、プライドを持って生きているんだ。
「俺には死んででも倒さなきゃいけない奴がいる」