配役
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人間に叶えられそうな夢って、儚いと思う。俺は昔、陰陽師など露ほども知らない時に、とある夢を抱いていた。それは悪の大総統でも、世界を守るヒーローでもない。警察官や医者、教師や芸術家でもない。『恐竜博士』とか、『昆虫博士』とか、まあ学者のような仕事がしたかった。自分が好きなテーマに対して、それのみに全てを打ち込める、自分のしたい事に没頭できるそんな大人になりたかった。
いつからだろう、夢を切り捨てたのは。
陰陽師を否定しながら、陰陽師の学校に通う。平和主義者を語りながら、変革者と一緒の校舎にいる。諸悪の根源が発覚したのに、そいつの強大さの恐れ慄き震えている。俺は……。
「規則って、簡単に言えないよな。俺は結局、松林を倒せない。倒せる算段がつかない。理想論だけで世界は変えられないだろう、奴は世界を塗り替える力を持っている、でも俺には世界を守る力がない」
松林が全てを破壊し尽くす様を、指を咥えて見ているしかないのだ。一度でも負けた負け犬が、また土俵に上がれるはずがないだろう。俺は主人公の権利を剥奪されたのだ、ゲームに敗北して撃墜された機体なのだ。
「俺は……出来ない」
「一度負けたくらいで男らしくない。これだから無双系主人公しか許容できない現代っ子は。私の人間だった時代は、もっと主人公っていうのは、華やかな存在だった。周りから馬鹿にされて、落ちこぼれで、負け犬で。努力家で、負けず嫌いで、曲がった事が嫌いで。敵の窮地にも手を差し伸べるような、情に溢れた人間で」
…………いつの時代だよ。
「壁面に叩き付けられようとも、地面に這い蹲っても、体中を切り刻まれようとも、何度でも立ち上がる前向きな奴だった。だから嫌いなんだよ、お前みたいな弱虫は」
今は敵をバッサリ殺してしまう奴が人気だ、反撃も許さず、頭の中の心理戦では何手も上をいき、容赦なく敵を倒す。そんな奴が主人公だ。
「違うね、勧善懲悪なんて私の美学に反する。それこそ漫画らしくみえて、漫画じゃない。誰にだって、良心と悪心がある。守りたいものがある。それを掛けて譲歩し葛藤し合う。それが物語だ。本当に『正義のヒーロー』は誰も殺さないし、誰一人の犠牲も許さない。その駆け引きに苦しむのが主人公だ」
主人公の希望を与える行為。それは誰も切り捨てない事、諦めない事、弱さを認める事。相手の気持ちを汲み取る事。
「君には主人公の資格が無いのは分かっている。発想が屈折しているなんて、主人公として論外だ。だが、君しかいないんだ。配役が」
配役の問題かよ、俺以外にも橇引行弓とか、その愉快な仲間達とか、理事長である渡島塔吾とか、なんかその辺が、松林を倒してくれるだろう。
「いや、ダメだ。彼等はもう戦っちゃいけない。疲弊しきっている、特に橇引行弓は君が思いもつかないような、絶望に身を歪められている。とてもじゃないが、彼の体にこれ以上の鞭は撃ちたくない」
それじゃあ……俺って話にもならないだろう、お前が俺には資格が無いって言ったじゃないか。
「君しかいないんだよ、この妖怪を使いこなせるのが」
……そう言うと面来染部はゆっくりと懐から、妖怪の入った御札を取り出した。それは伝統的な阿部家の使っていた家紋の印のある御札。
「これをお前がどこで……」
「五百機さんという人が、御門城に侵入した時に奪ってきたようです。阿部清明から続く、専用の首都を守る式神。どうやら作戦に使用する為に、リーダーさんに渡していたようですが……」
「だからなんでお前が持っているって聞いているんだよ!!」
「私はここに来る前に、百鬼夜行の皆様と合い、少し戦闘も交えました。そこでリーダーさんから奪ったのです、接近戦になった時に。このマフラー、私の妖力が付着していて、私の手足のように動くんですよ」
こいつには復讐の目的があった、それを完遂するために、わざわざ危険を顧みず、百鬼夜行のリーダーから奪ったとでも言うのか。
「この妖怪は阿部清隆の手持ちだった妖怪です。その名は『夜幢丸』」