芋虫
『くらぎ』。その妖怪の名だ。
「なんだ、こいつ。俺はこれでも結構、妖怪に関しては知識があるほうだが、こんな妖怪を知らないぞ。特に人間に害を齎して退治された見聞があるなら、資料に残っているはずだ。特にその被害が大きければ、大きい程に」
牛鬼、八岐大蛇、土蜘蛛、がしゃどくろ。日本中には確かに人間を殺した悪霊じみた妖怪は存在する。特にそんな妖怪は名声が高く、知名度は極めて高い。石碑などに名前を刻んでいる奴も多数存在する。
「『くらぎ』か。元地縛霊の私から見ても……驚愕ですね。日本のどこに隠れ住んでいたというのですか。この妖怪は……、そもそも妖怪なのか。こいつの特性は……」
くらぎ、この妖怪についての文献を少し読み上げる。白く長い尾を持ち、身体の一部が人間の女性のパーツになっている巨大な昆虫の姿をしている。写真に写っていたのは、芋虫の胴体に、蜘蛛や百足のような複数の脚。そしておめかしした女性の唇だ。勿論、人間サイズではない。人の心の闇をついて、人の心・体を乗っ取る特技を持つ。『陰の妖怪の女王』と書いてある。
「もうこれだけでも、気持ちわるいのに……一番に気色悪い特性は……」
人間に一切の興味がない事だ。それは奴が妖怪としての特殊性である。陰の妖怪の女王の異名は伊達じゃない、この文献が正しければ、奴は妖怪を……食料にしている。『妖怪喰らい』なんて能力だ。
「妖怪を食べるって……もう妖怪じゃないですよね」
「あぁ、つーか女王って……なんでそんな野郎が陰陽師に見つからなかったんだ? 放置していい存在なのか……。いや。妖怪なんて陰陽師は武器としか考えてないから……成程ね、真剣に探している奴なんていない訳か」
恐らくこの妖怪は霊界に住んでいる奴だ。日本にこんな奴がいて、発見されない気がしない。それに陰の妖怪は霊界に住んでいるケースが多い。
「もし……松林力也を相手取るなら……こんな化物を相手にしなきゃいけないのか」
「主殿……これは……命の危険が伴います。簡単に倒すという話ではいけないでしょう……。というか、私が食べられる……」
まあ標的は目目連だろうな、妖怪なんだから。それにしても女王なんて、そんな気高き妖怪が野望丸出しの馬鹿である松林力也に従っている。くらぎ自体も結構妖怪として精神が壊れていると考えた方がいい。更にはきっと……くらぎは松林の作戦に悪い意味で合意している可能性がある。
「餌の要求、生贄の準備……なんか考えるつく嫌な事は盛り沢山だな」
「きっと……今までも既に多くの妖怪を食べさせたのでしょう」
松林って男は……もう人間だけでなく、妖怪も支配する気かよ。もうあいつ……調べれば、調べるだけ…‥頭が痛くなっていく。どこまで自分勝手なんだ、どこまで他人がどうでもいいんだ。俺はこんな奴に……。
「集団を作り、その中に女王や働き蟻のような階層があるような生活をしているなど、人間のそれに似た社会的構造を備える昆虫を社会性昆虫と呼ぶ。妖怪もその類なのかもしれない」
面来染部の言葉に耳を疑った。くらぎは……妖怪を喰って妖怪を生み出している……とでもいうのか。じゃあ奴は、妖怪を生みの親という話になる。
「世界を作り変えるには持って来いの妖怪だな。今までの全てを否定する気かよ。もう奴は陰陽師だろうが、妖怪だろうが、規則だろうが、全て壊し尽くす気でいるんだ」
だが、奴はそんな目標を抱ける程までに強いという話である。俺みたいな一端の高校生に太刀打ちできるのか? 俺が阿部清明の子孫なんて話は、一千年も前の話だ、初代様の圧倒的な力など俺にはない。誰も入れない空間に逃げ込むくらいしか、能のない俺だ。
「このままじゃ…‥勝てない……。どう足掻いても、どう頑張っても……、勝率がゼロだ……」