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特に何もしない陰陽師  作者: 太刀風居合
第二十四話
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反省

 俺がリーダーを諦めさせる方法を考えると、もう俺が思いつく事は少ない。力ずくでもだめ、必死の説得も虚しい。やはり根本的に渡島塔吾への憎悪が消えない限りは無駄なのかもしれない。


 父親の全力の謝罪、娘の仲直りの声。これが揃えばまだ希望はある。


 「おい、理事長。あんたの判断が間違っていた事を、俺は責めるつもりはない、多くの人を救おうとする勇者の判断だったんだろう。でも今回は俺を殺さずに、柵野栄助を倒せた。つまり、あんたの判断ミスだ。大人の世界ではミスは罪だろう。だから……しっかりうちのリーダーに謝罪してくれ」


 因みに俺は事の収集を付ける為に、嘘をついた。まずは理事長がミスをしたと言って、柵野栄助の殺害理由を有耶無耶にしている事。俺が死なない限りは結局は倒せなかったのだから、理事長の判断は概ね正しかったと言える。だが、この状況にそんな設定はいらない。


 俺は他人に謝罪を共有する事なんて痛々しくて好きじゃないのだが、今は兎に角リーダーの気を抑えるのが先決だ。この男のプライドや尊厳を擁護してやる余裕はどこにもない。


 「さぁ、謝って下さい。きっと謝って許される事じゃないだろうけど。これが第一歩だと思って」


 追継と飛鳥が俺が立っている場所まで、引き摺って持ってきてくれた。まだ意識が回復していない、だが目は見開いている。さぁ、夫の本能でも、自然な流れでもなんでもいい。兎に角、謝るモーションをしてくれ。


 「あの行弓君。今度は何の真似ですか? 私は断罪するって言ったんです。謝罪なんて……今更聞いて嬉しいとでも? それともこの場の空気を乱して、茶化すことが目的ですか?」


 俺は至って真剣だ、だってどうだろう。立場や責任の関係上で謝る事はあっても、心の底から悪意を認めて謝れる現代人など希少種だ。本心から頭を下げるという行為は、そうそう簡単な物じゃない。夫が妻に謝罪する事には、大きく意味が有る。


 「さぁ、渡島とじまさん!!」


 俺の掛け声と同時に、理事長が声を発した。


 「晴香、ごめんな。迎えにいけなくて。幸せにするって約束したのに、仕事漬けにしちゃって。俺は一家の大黒柱失格だ」


 俺の想像通りじゃなかった、俺は今回の騒動に対しての謝罪を要求していたのだ。それを昔話を始めやがって、とは思ったが、意図を察して黙った。


 「昔からの癖が治らないんだよ、俺はいくら気取っても『真剣』な人間だ。剽軽な明るいミステリアスな奴を気取っても、窮地に立てば意識が揺らぐ、最後にはボロが出る。嫌いだよね、晴菜。こんなお父さん」


 音無晴菜の顔色が変わった、嫌そうな顔をした。


 「厳しくて、冷たくて、非情で、仕事を優先して。こんな口だけの男……お父さんなんて嫌だよな。俺だって、師匠のそういう態度が堪らなく嫌いだった」


 でも陰陽師だから仕方が無かった、だから理事長は無理してまで自分の性格を捻じ曲げていたのか。理事長の顔は涙で埋まっていた、顔は後悔で歪み、精神は懺悔で酔いしれていた。


 「自己否定ですか、そんなポーズで私が納得するとでも」


 「違いますよ、ポーズじゃないですよ。だってこの男はこんなに苦しそうじゃないですか。人間はポーズでこんな無様な姿にはなれません」


 飛鳥が言うと説得力が違う、いつも気迫で薄らした目で人を見ている飛鳥は、人間観察が得意だ。嘘を見抜いたり、隠し事を問いただしたり。この男は本当に反省している。今回の件への失態じゃない、娘と妻を幸せに出来ない自分への情けなさによって。


 「ごめんなぁ、お父さんが駄目な野郎で。お兄さん……もっと、頑張るから。今度こそ三人で幸せに暮らせるように、立ち回ってみせるから。だから……」


 謝罪の一番の効き目は、その茶番のような惨劇にある。怒りの対象の執着を一瞬で解き、懸念を失う羽目になる。怒りを失った矛先は粉粉になって霧散し、情熱が一気に冷めていく。


 「お母さん、もうお父さんを許してあげて」


 自分以外の許容者の出現、これも人間を激しい怒りを抑える方法だ。


 「何ですか、渡島さん。ゴメンさないだなんて……。私とあなたが笠松陰陽師機関にいた頃は…ずっと…毎日……のよう……に……」


 リーダーが泣き出した、虚脱心が心を襲ったのだろう。怒り狂った自分が取り返しの付かない事をしようとしていた事。思い返した家族への愛情。悪霊としての怨念の消失。


 これ即ち、人間と悪霊の境界線を隔てた瞬間。ここでようやく、音無晴香と悪霊の意思が……二分割に分離した。

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