苦渋
俺にできる事はなんだろうか、俺の体の中には生前には比べ物にならない程の様々な手札がある。だからこそ、俺が今まで味わった事のない選択肢の取捨選択という困難な課題が残った。俺にはまだこの体になって経験がない。戦闘において自分がどんな行動をすればいいのか分からない。
「リーダー、取り敢えず……謝っときます。すいません」
そしてこの苦悩に対し、俺が出した苦渋の決断は『いつも通り』だった。火車を展して退避をのぞむ。逃げるふりをして隙を伺う、リーダーの動きを把握して対策を立てる。特攻なんか俺のできる芸当じゃない、あの人は瞬殺できる程に弱くない。
「火車、モード『大盾』」
先に叩くべきは麒麟の方だな、リーダーの攻撃手段は双剣『下切雀』だろうから、恐らく接近戦になる。広い視野を持ったまま闘うには、遠距離を保つしかない。だからこそ、飛び入り攻撃をする麒麟を先に叩く。
あと、リーダーと闘うには、まず理事長を救い出さなくてはならない。だってあの人が……本当に死んでしまいそうな気がするからだ。
「あの……理事長を放して貰えませんか? えっとあと一歩で死んでしまいそうな気がするので。もう許してあげましょうよ」
取り敢えずは、言葉を掛けてみる。このまま悪霊化して暴走状態にあるあの人と戦わないという結果は不可能だろうが、切り崩しには図れそうな気がする。自分で今の自分の矛盾に気が付けば、いつかの精神的なズレになるはずだ。
「許す? この男は君を殺そうとしたんだよ? それを君は許してあげるの? 君の不幸を思って状況の悪さに物怖じせずに、君を助ける事に全身全霊をかけた私の気持ちは? 勝手に自分の『優しさ』で全てを決定しないでよ。私は君の上司だよ?」
まあそう言われるだろうな、もう正常な発想にはなっていないだろうから。もう理事長である渡島塔吾が自分の夫である事への愛情も失っているのだろう。まあ自分を殺そうとして、一回目の死を命令した男を許そうとしている俺も気が狂っているのだろうがな。
もう声掛けは不可能か、まずは理事長を助ける。俺は目線をリーダーに合わせつつ駆け出した、しっかり見定めながら交互に見張る。相手は史上最強の陰陽師だ、一歩でも間違えればどうしようもなくなる。
「それでも俺は助かる人がいるなら、助けたいんです!!」
考えても仕方がない、彼を救うためには俺が囮になるしかない。今は俺に対しては大人しいリーダーの反感を買う真似だとしても。
体育館を駆け回るくらいは問題ない、リーダーが何かしらの攻撃を俺に与えると思ったのだが、ただ薄らとした顔つきで見つめるだけである。不気味で狂気の塊にしか見えない。正直に、逃げ出したいくらいなのだが、今は見捨てられない人が二人もいる。
たどり着いた、麒麟を盾で払いのける。ここで俺は遂にリーダーに対して攻撃を与えてしまった事になる。最強の陰陽師への宣戦布告、最弱と呼ばれた俺が遂に次元を塗り替えた瞬間だった。
「おい、そこの馬鹿親父!! 死んでる場合じゃないぞ。娘さんが待っている、あんたの奥さんも俺がどうにかするから。全てのレベル3の悪霊は消えた、もう何もかも終わったんだ。だから本当にあんたがしたかった事をしろよ」
一応に意識がある、目は死んだように半分しか開いておらず、手足はまったく動かない。遠くで見たよりも傷が深いな。回復が専門の奴も戦地に潜り込んでいるだろう。
「立てるか、理事長!!」
必死に声を掛けてみるが、反応がない。自分の奥さんが完全に悪霊化した事に対する絶望か、妻の方は夫を殺しかけて可笑しくなり、夫は妻の暴走に絶望して動かなくなっている。
そして本当の戦いの火蓋が上がった。一度は跳ねられた麒麟が……襲ってきた。まずは少し助走を取るために後方にジャンプすると、角を突き立ててこっちへ突進してくる。どうやって防ぐべきか。