参上
何が起こっている……、俺はリーダーが窮地に立っていると思っていたから、救いに参上したつもりだった。それが状況が180度違う。まるで逆転しているかのように思える。
「あれ?」
落ち着いてきたので、よく周りを見渡してみると、既に取り巻きの理事長親衛隊は全滅していた。焼き焦げになって動けなくなっている奴、幻覚に彷徨い果てて頭を回している奴。壁に埋め込まれて……もう表現できないくらい痛々しい。
「これはいったい……。まさかたった一人で全滅まで追い込んだのかよ」
「皆さんは忘れてませんか? これまでの私たちが相手取らなかったレベル3の悪霊を全てあの人が密かに始末していた事を」
追継に言われなくても、あの人が強いのは俺にも分かる。だって偽物の音無晴菜が俺に『妖力吸収』の能力を授けて、残りの全部をこの人に預けていたのだから。それだけでない、気概や誇りや覚悟といった精神面でもあの人は最強だ。世界を守る為に、大切な仲間を守るために、正義の味方としての強さだ。
だが、完全に精神論で納得しているつもりは無い。振払追継は代々に渡って変装や騙し討ちに長けていた家系であったはず。あれほどの強さの源が分からないのだ。まだ俺の知らない想定外がきっとある。
「お母さん!!」
よほど戦いに集中していたのだろう、こっちに気がついたのは娘が声を荒らげて声を張り上げた時だった。リーダーの顔つきが俺を見た瞬間に強張る。しまった、俺が柵野栄助じゃないって事を宣言しなければならない、という問題を忘れていた。
リーダーは麒麟で理事長を壁に叩きつけて押し潰している最中だった。もう角が腹に突き刺さって傷から血が滲んでいる。まさか夫を……戦争だからという理由で、見解の相違という理由で、守るべき物のズレのせいで……殺す気なのか。決して間に合ったとは言えないが、まだ理事長が息のある時点でこの場所に来れて良かった。まだ事を荒げずに、最大の危機は回避できる状況にある。
「俺です、橇引行弓です。この波長で感じてください。俺でしょう!! 柵野栄助は死に至りました。もう全てが終わったんです。だから!! だからもう止めてください!!」
「お母さん。お父さんを放して!!」
リーダーが一瞬で笑顔に戻った、あの人は例え戦争のクライマックスでも冷静にいられる抜群の冷静さを持つ、俺の妖力から人間である事を察してくれた。きっと納得してくれたのだろう。
「確かに柵野栄助の妖力が消滅している、戦闘中だったから気がつかなったが……。そうか、私が囮になって戦っているうちに本命は終わっていたのか。良かった、これで世界からレベル3の悪霊が消えた」
消えた……いや、違う。人類に無害な悪霊である面来染部。そして音無晴香と渡島塔吾の両名がいる。そして一人だけレベル4の俺だ、人類が悪霊から完全に切り離されたとは考えにくい、楽観視をしないのであれば、戦いはまだ終わっていない。
リーダーが虚ろに虫の息である渡島塔吾を眺めた。さぞ、嬉しそうに。
「よかった……、私とあなたの願いが叶いましたよ。これにて仕事完了です。だから言ったじゃないですか。橇引行弓は期待していい存在だって。柵野栄助だって倒しちゃうんですよ。最初に彼の魅力に勘付いたのはあなたじゃないですか」
俺に期待を寄せている、偽物の音無晴菜の影響かな。少し脳に『橇引行弓が切り札』という怨念が設置されていたのかも。俺への変な期待もこれで説明が付く。最後まで俺を庇ってくれたのも、これが原因か?
いや、なんだよこの嫌な危険信号は。面来染部じゃないが、この不安感に俺の全身が警告によって騒ぎ立てている。リーダーの様子がおかしい。いつもから、まるで人を丸め込むような態度だったあの人が……、もの凄く……『小さく』見える。
「リーダー。いや、音無晴香。俺はもっと早い段階で気が付くべきだった。あんたは闘い過ぎた。もう既にここ最近から黄色信号だったんだろう。あなたは悪霊の力で悪霊を倒していた。麒麟の神秘の力と、悪霊の怨念の力、それを対局に釣り合わせて戦っていたんだ。だけど……もう限界じゃないか」
どうしようも無かったことだ。この人が日本中で戦わなくては、世界にこんな平和は訪れなかっただろう。だからこそ、密かに悪から人々を守る正義のヒーローは疲れきった。その己の魂が灰になるほど。
「追継、間違っても母親の元に抱きつきに行くんじゃないぞ。あと、飛鳥。手負いのお前じゃ援護も無理だ。追継を連れて隠れていろ。俺がリーダーを安静に止める」
忘れていた、音無晴香は……悪霊だった。