興奮
リーダーは俺たちを大切に思っていた、少なくもと只の戦闘兵だとか、使うだけの駒とか思っていなかった。全ての戦いに至り俺の味方でいてくれた事は、初めに俺に宣言した『ずっと味方』という言葉を見事に完遂している、まさに有言実行だった。俺みたいな人類の厄介者をあそこまで擁護してくれるなんて、あの人はきっと誰よりも聖人なのだろう。
ただ、聖人としてはあまりに有能すぎた。
「どうしましますか? お兄さん……。これは乗ったが最後止まれない暴走バイクじゃないですか」
「やべぇ、今までの俺の妖力が貧弱だったから、ブレーキとか考えた事がなかったが、悪霊としての妖力を自動で吸い上げている。これは突っ込むしかねぇ」
なんとか全力の旋回でカーブだけは出来ているので、壁に激突して被害拡大という状況には至っていないが、正直苦しい状況だ。いくら曲がれるとはいっても全ての障害物を回避できる訳ではない。仕方がないから必要な分は火車の武神モードで破壊している。まあ元から荒れ果てた世界と化しているから、そんなに問題ではないだろうが、校舎を壊すのは流石に精神が痛い。
「力を使いこなせれば、ブレーキもできるんじゃないですか?」
飛鳥の質問はもっともなのだが、実はそんなに簡単な代物じゃない。俺は悪霊の妖力をまだ完全には馴染んでいないのだ。恐らく直線的な動きなら楽勝だ、感覚の調整を抜きに暴走させるなら話が早い。だが、今回のバイクの運転のように、コントロールが必要だとシンドいのだ。
「俺はまだ悪霊としての体に適応できていない。世界初の悪霊と人間の妖力を同時に体に体現させた体だからな。どうも調整ができない。俺が元々、こんなに強大な妖力を蓄積できない体だった事が問題だろうけど」
「それは……悪霊としての力に飲み込まれたりしないんですか?」
……返事はしなかった、何をいっても不安にさせるだけだと思うから。だが、俺は自信を持ってそれはないと言える。だって俺の体の中の妖力は全て、俺が生み出している。ひとつの体で共生しているのではなく、既に俺の手足になっている感じだ。
「大丈夫だと……思う。なんというか、俺の体に偽物の音無晴香の能力のお陰でそういう違和感はないんだ。入り込んだ全てが俺のものになっている」
ただいくら、手足を使いこなせても、誰にでも新体操選手のような動きができるわけではないだろう。俺にとって妖力がコントロール出来ない理屈はそんな感じだ。勿論、経験と努力と失敗でいくらでも改善できるという意味合いで。
「もうすぐ体育館です。もう時間がないですよ。行弓君」
「お兄さん、どうしましょう」
俺だって無事に静止したい気持ちは山々なのだが、気持ちでこの状況はどうにもならない。ここは……多少の無茶をするしかない。
「仕方がない、途轍もなく危険だが、これしか今は思いつかない。火車!! 武神モードの大剣を地面に突き刺せ!! ただし勢い良くはするなよ。あくまで大切なのは俺たち全員の無事な着地だ。スピードを殺すのが目的だ!!」
その間に俺はマックスでアクセルを踏み込む。ここで俺も火車に合わせてスピードを落とすと後方に倒れるかもしれない。お互いの力の向きを逆にして少しずつ殺すのが一番安全と判断した。それに俺と火車のコンビなら……互いの力を釣り合わせる事など簡単だ。
「俺との式神契約は継続している。俺の妖力の波長から感覚は読めるな。俺の全力に合わせて……勢いを殺せ!!」
★
なんとか着地には成功した。俺も飛鳥も追継も特に怪我がなく無事である。ただし体育館の入口はぶっ壊した。いくら勢いを殺しても距離が少なかった為に、上手く静止するのは、壁を壊した後であった。まあ武神モードで衝撃によるダメージはなかったが。
派手な運転と体育館の破壊で俺の『やってしまった感』は尋常じゃなかった。後から湧き出るように心を襲う罪悪感。良く考えれば俺って普通に法律違反じゃん、器物破損じゃん……。人間はやはり勢いとテンションに任せて行動をしちゃいけないと、身に染みました。
俺が息を荒げ、軽く過呼吸になりそうな程に興奮しているのに対し、バイクから降りた二人はケロッとしている。こういう時にクール属性は羨ましい。
「さて……行弓君。率直に申し上げますが、私の想像と……大幅に違うのですが……」
そう言われ、俺も前方を見渡す。俺は到着一番にリーダーに対して大声で『助けに来たぞ』的な発言をしようと思っていたのだが、そんな俺は言葉を失った。絶句、その一言に尽きる。
「リーダー……」
勝負はあと一手で尽きそうな感じだった。既に理事長が……理事長の方が圧倒されて死にかけていたのだから。




