剽軽
越天仄の気持ちは俺には理解しがたい、別に日常系の話が大好きという話ではないのだが、現実と幻想の区別がついているという話だ。確かに俺達の世界には妖怪だの悪霊だの跋扈しているが、それに釣られて精神異常になったら御終いという事だ。
「飛鳥、下がっていろ。俺が相手をする」
「大丈夫ですか、病み上がりじゃないですか!!」
取り敢えず自信満々という表情で頷くと、ゆっくりと御札を構えて前に出た。ここで飛鳥に戦わせる訳にはいかない。俺の目的は戦いをやめさせることだから。戦って淘汰することじゃない。
相手の正面に立ち、よく観察してみる。雲外鏡なんて鏡を体にくっ付けるなんてどんな姿になるのか、ちょっと想像できなかったが、思ったよりも普通だった。大盾みたいな鏡が腕にくっついた。あの剽軽な顔は消えて、波紋にゆれる只の鏡になった。
「私の式神は雲外鏡。能力は相手の真意を探ること、そして私の好きな物を映し出すこと。鬼神装甲の状態でこの能力が発動すると何を意味するか」
奴の姿が無色透明に変わる、そして……俺の姿になった。変身能力か、確かに普通に考えて強力だな。敗北せずに勝利もない。相手とそのまま同じ強さになる事で、相手に絶対に勝てないという畏怖を与えることになる。おそらく能力までコピーしたのだろう。
「私の鬼神装甲の能力は、相手に完全に『成りきること』。いわば完全な同格。あなたが強ければ強いほど、私の力は……、聞いてます?」
聞いている。だが、やる気がのらない。というか、折角に同格の強度になったから、闘う必要は無い、とか言ってくれるのかな。いや、言ってくれれば安心できたのだが。強さが同じならお前も勝率が同じだろうから、普通に考えて、お前だって勝利は難しいんだぞって言いたい。まぁ、きっとあいつは俺が勝利に拘っていないという意味が分かっていない。
「さぁ、これから私と踊ってくださいませ、無能役者ぁ!!」
奴は先ほどにも見せた蓮柱を構えて、俺がいつもやるように突進してきた。刀を使う奴なんて……あいつ、宝記菖蒲の怪力突進を馬鹿にしたように見ていたのに、お前も接近戦じゃねーか。
さて、これからどう受身をすべきか。おそらく奴の能力とやらは本物だろう。俺の火車の形態変化くらいは余裕で真似してきそうだし、奴が冷静になって宝記菖蒲に変身して超絶的な回復力とパワーを備えられたほうが面倒だ。だって、俺の陰陽師状態なんて……たかがしれているから。
「コピーする相手を間違えているぞ、お前」
俺は何も思いつかなったし、下手な動きをした方が危険だと思った。だから……上手く手で払い抜けるように、剣先を払い除けた。まるで弾くように。格闘家じゃない俺がなんでそんな真似ができるか、そんなの裏手に悪霊の妖力を込めて爆発したから。
「うぅ、なんで!!」
そりゃお前がコピーしたのは陰陽師としても俺だから、悪霊でないお前が悪霊の力まで奪えるはずがない。そんな陰陽師も悪霊も妖怪も超越しているのは、俺だけだ。
「おい、もうこれで満足か? 例えお前がこの世界の誰に変身しようが俺には届かないよ。すまないが、こっちはお前のせいで人間じゃないんだ。というか、次元の差を感じただろう。もう柵野栄助は存在しないんだ。それで手を打ってくれない……かなっ?」
殺気を飛ばした、まあ俺としては睨みつけただけのつもりだったのだが。良い具合に短い悲鳴をあげて、体を引きずりながら後方へ下がった。目は恐怖に支配されている、まるで一瞬にして絶望が降りかかったように。人間が激情に狩られた時に、一瞬で感情が変わると精神がおかしくなるんだ。俺がここ最近で何回も体験したことだ。
「後ろから殺されたから、お前の事は許せないが、今回は見逃してやるよ。まだ俺には役目があるからな。お前と闘う気はない。その代わり、もうお前も諦めろ。もう今日は剣を収めてくれ」
ようやく感じてくれたか、眼中にないということに。
「なんなの……何者になったの? あなた……」
まあ聞かれそうな質問だよな、こんなに俺が豹変したのだから。特に俺の元の姿を知らないこの二人には、さぞかし奇妙に見えるだろう。
「えっとな、レベル4の悪霊だ」