消失
俺は柵野栄助も偽物の振払追継も大嫌いだ。
柵野栄助は俺の大切な親友を殺し、俺を悪霊にした張本人だ。在らぬ理由で本当なら戦いに関係なかった久留間点滅や面来染部を巻き込んだ。なんの罪のない女子高校を殺し、格納庫から危険な品を強奪した。
偽物の音無晴菜ににしたってそうだ、俺を悪霊にした元の仕掛けは全てこいつだったのだから。自分の母親を守る為に、全てを犠牲にして、他人を将棋の駒のように手の平で持て遊んだ。
いわば、計画犯と実行犯。二人ともその罪は重いと思う。俺は平等を重んじる人間だから『悪霊だから』という理由は考慮に入らない。俺の人生の幕が閉じるのに、そんな理屈にもなっていない理由で納得できる程に、俺は大人じゃない。
「どうして? 我々は君にとって宿敵のはずだ。別に組織の目の敵という意味でなく、君自身がかなりの被害を被り、大切な物を失ってきたはずだ」
柵野栄助のその自虐的とも取れる言葉に首を縦に振った。
「嫌いな奴だからかな。俺はお前たちにこのまま死んで欲しくないんだ。悪霊が全世界の敵だとか、陰陽師の宿敵とか、そんな関係になって欲しくないんだよ」
いわば、罪滅ぼしだ。死んで罪を償うよりも……、生きて誰かを救って欲しい。誰かを不幸にしてきた分だけ、誰かの笑顔を守って欲しい、人間の『お手々をつないで』なんてそんな原理だろ。だから奴らにも迷惑を掛けて、その分に誰かを救う存在になって欲しい。
「そんなぁ、晴菜さんはともかく私は次の瞬間に死ぬ身ですけども」
「俺の式神になれ、音無晴菜、お前もだ」
この二人を殺しちゃ駄目だ、逃がしちゃ駄目だ。この二匹は死んだから世界が平和になるなんて、そんな甘い話はない。必ずまた新たな存在がどこからか現れる。だから永遠に全てを断ち切るためには、こいつらを利用する。
「じゃあ私の為に戦ってくれるっていうのは」
「あぁ、闘うのは『戦争を止める』ためだ。別に誰かを虐げて、暴力に訴えるのが闘いじゃないだろう。戦争を止める一番手っ取り早い方法は……共通の敵だ。これしかない。世界最高の夫婦喧嘩を止めてやるよ」
だが、俺一人の力じゃ止められない。そして意味がない、俺の言葉だけではきっと届かないだろう。だから二人を納得する為に、音無晴菜を使う。夫婦喧嘩を仲裁する一番の方法は、子供の声だろうから。それに母親である音無晴香に闘う理由を消失させる事は、奴の本望だろう。だから奴の意見に賛同できる。
俺はこいつの為に戦える、奴は役目を遂げられる。そして世界は『一時的な平和を受ける』。これで俺が……闘う理由が備わった。
「散々に色んな人を利用して、不幸にして、我が儘をはたらいてきたんだ。最後くらい体を張って、人類のために力を発揮しやがれ。お前たちの手で、俺が、決着をつけてやる。浸透溺愛の妖力吸収でここにいる三人の妖力を融合する。お前たちの存在が消えるくらいに」
どうせ柵野栄助は死ぬ、問題ないはずだ。偽物の音無晴菜にしたって、微かな妖力で復活して一度は消えているんだ。問題ないだろう。
柵野栄助とは既にお互いが憑依し合った仲だ。妖力は完全なまでにリンクしている。今になって気がついたのだが、奴が本来なら悪霊は絶対禁制の格納庫に入れたのは、俺と妖力を分け合った状態で、表面にだけ俺の妖力を固めたからだ。音無晴菜は俺の長年に渡って能力の一部を付与していた、妖力は通じ合っているだろう。つまり何が言いたいかというと、浸透溺愛の能力を使えば三人の同化は、そう時間は掛からないという事だ。
「きみは……救世主にでもあるつもりかい? これから完全な悪霊になるのに」
「何を今更だよ、俺はいつだって特に何もしない陰陽師だ。この戦いに勝者も敗者もいらねぇ。劇的な幕開けも感動のラストシーンもいらねぇ。必要なのは、全員が頭を冷やして諦める事。興が冷めて、戦意を喪失して、闘争心が発散する。そんな誰も求めていないような、呆気ない幕切れだ!!」
柵野栄助……最強の憑依能力 『闇影搭乗』
レベル3の悪霊は本来的に『憑依能力』を持っている。
しかし、柵野栄助は独自に別の憑依能力を所持していて
レベル3の悪霊は憑依するまでは実体化する事が不可能であり、
本来的に死ぬことができない。柵野栄助は橇引行弓に憑依するまでは
無敵だったということになる。
憑依により、相手の人格を封印する事ができて、
それ以外の全てを記憶ごと奪い取る事ができる
ただし、一度に人格が支配できるのは一人まで
妖力を供給も強奪も思いのまま
陰陽師に憑依すれば、式神との契約権まで奪い取れる
死んでも、また別の人格を奪えばいいだけで、
憑依した本人を脱ぎ捨てる結果にしかならない
そういう意味で絶対に死なない観念的な存在として最強だった。
ただし、橇引行弓との契約は悪霊に本来備わった方の憑依である。
相良十次の目目連の悪霊の妖力を封印結界の中であったから。
>>>>後半に続く