木馬
攻城戦、古代から近世初期にいたるまで、野戦と並ぶ2大戦闘形態の1つである。多人数同士の戦闘において『攻撃』は『防御』に劣るのがセオリーであり、防御に徹する相手を攻略するのは容易くなく、攻城は下策で最も避けるべきと中国の歴史書にも述べられている。ここは学校であるので、火薬、大砲などの発展により歩んできた専門的な技術などはないので、一概に有利ともいえないのだが。
攻城戦の手法としては、外部との通信を遮断する『包囲』、防御準備をしていない段階で素早く決着をつける『奇襲』、何らかの抜け道を使って城に忍び込み内側から城門を開いたり、錯乱させたりする『トロイア木馬作戦』が有名だ。だが、奴らは何の考えなしに、皆で突進してきやがった。俺たちも防御準備なんかしていないので痛み分けかな。
専門的な知識で説明するなら『強攻』という手段である、梯子や雲梯をかけ崖を登り、なんとしても城内に潜り込む、攻撃側に一番に損害が大きい手法だ。理事長の動揺が伺える、人数で斡旋して仕留めるなんて作戦的に賢いとは到底思えない。動きが単純というか、効率が悪いのだ。あの人はもっと狡猾な強者だと思っていた。
「篭城戦において防御側のすべき事なんて、『投石』くらいでしょうが、なにか仕掛けますか?」
追継が提案した、母親と父親が殺し合っている最中に、よくもそんな涼しい顔ができるな、なんて思っていたが、顔に出さないだけできっと奴も動揺しているのだろう。居ても立ってもいられないって奴だ。リーダーの抜けたこの中で、一番に高齢で威厳のある五百機さんが隊長のようなオーラが漂っているので、彼女が沈黙を破った。
「その必要はないだろう。この場でやれば居場所が知られる危険性が増す。例え人数を割いて何名かの別働隊を作ったとしても、この場の防御力が低下したあげくに、囮としてすぐに殺られるだけだ。余計な真似をせずに全員でこの場で固まって戦った方がいい」
「……分かりました」
別働隊をつくれる余裕は俺たちにはない。俺を含めずに4人しかいないのだ。あからさまに戦力不足である。何か洒落のきいた作戦を立てられる程の、メンバーがいないのだ。
「でも本当に大変だね。いつに終わりが来るのか分からないよ。リーダーが理事長を倒したら、なのかな? でも倒せなかったら……、柵野栄助がやって来る気もあんまりしないし」
篭城戦において防御側に戦闘終了を決める決定権は無い。相手が諦めるか、それだけが終わりである。だが奴らはもう真面な発想をしていない、強行突破も理由の裏付けだが、俺を殺して世界の平和を取り戻すという一連の行動以外には、何も頭にないのである。日本の明るい未来のために、愛すべき家族のために、死を覚悟して戦っている連中もいるだろう。そんな覚悟のある連中が、俺一人の命を尊重して戦いを止めるだろうか?
世間一般から見れば俺達が悪役だ。防御に徹している、悪名高い人間の決めたルールに従わない妖怪を暴れさせる、守るべき存在が悪霊だ。俺たちはこれでも日本の未来を守るがために今まで戦ってきた。レベル3の悪霊なんて化物と命を張って戦ってきた。その行為に対する仕打ちがこれである、人間が醜い理由がこれなのだ。
対して奴らの抱えている、『松林という男の邪悪さ』という汚点は霧散される。正義のために戦うなら、作戦上の汚さや少々の不手際は許容範囲という理屈だ。世の中腐ってやがると、人間じゃなくなって本当にそう思った。




