包囲
「なるほど、ダモンさんを誑かしたのは、お父さんでしたか。どうやってでもお兄さんを殺したいようですね」
俺は緑画学園理事長の渡島塔吾という男が何を考えているのか、全く分からない。俺と相良との戦いを駆り立て、俺のレベル3の悪霊について仄めかせ、格納庫に同行し、裏で俺の高校生としての生活をバックアップしてくれていた。
噂では陽気な性格、相良の『妖怪よりも妖怪』というフレーズを今でも忘れない。全てを知っているような裏方のような存在に感じていた。奴のキャラが崩れる瞬間を目撃したのは、柵野栄助が復活した時である。格納庫の中にて奴の本性が垣間見えた。作戦失敗、不安要素の出現、諸悪の根源の復活。彼の顔を大いに歪ませた。
「父はまるで陽気な性格ではありません。あれは全てが演技です。父は史上最年少で陰陽師本部にスカウトされる程に任務や掟に忠実な厳格な人間でした。ですが、父は世界の歪みと共に性格を変えた。本部を史上最年少で抜け、左遷された先で仲間を作り、世界を救うために」
仲間……百鬼夜行のリーダーである音無晴香のことか。いやこの危機的状況からして松林力也の事かも。俺が小学生時代の頃からレベル3との攻防は始まっていたのだ。俺が機関の施設の中に閉じ込められて、事務作業をせっせとしている間に、着実に世界は崩壊していたんだ。そしてそれに対抗する抵抗者の存在もいた。
「私の夫は……優しい人だよ。とっても……、時代と立場が変われば世界を救う勇者になんてなっていたかも。でもね、その辺の主人公レベルの思考回路なんだ。『幽霊は成仏すべき』、『死ぬべき人間は死ななくては』。バトル漫画の主人公の発想だろう。それを打倒しようとする側の人間が悪役扱いされる」
『角度』。これは死んでしまった面来染部の彼女に習った言葉だ。立場が変われば正義は変わる、正しさは変わる、理論は変わる。この場合でもそうだ、まだ助かる可能性を持つ死人を精一杯の努力で生き返らせようとする。これは等しく間違えた人間がする行動だ、漫画の世界だったらなぁ。
でも今回は立場が……俺が殺される側なのだ。圧倒的に納得できない。
「リーダー、向かってきます。突入準備が完了するのは時間の問題です。多勢に不勢ですよ。数が違い過ぎます」
そりゃそうだ、あっちは緑画高校の精鋭達で組まれた軍隊者だ。いくら俺たちが面子的に最強メンバーが揃っていたとしても限界がある。最強小隊でも軍隊に太刀打ちできるものか。しかも俺は只の女の子。一番に狙われている人間が、一番に戦力を秘めていないのだ。
「駄目だ、あいつら交渉とか面倒な手順を踏むつもりすら無い。徹底的に行弓君を殺すことしか頭に無いんだ」
交渉は無意味、そんな事はわかっている。俺を殺すか、殺さないか。この二択にお互いの妥協はないのだから。逆に言うと、俺以外の人間が何人逃げようが、誰も追わないだろう。俺を捨てるという選択肢を選ばないと、その先はないのだ。
「どうやら狙われているのは、行弓君を殺そうとしているみたいですが。この人数では相手にならないでしょう。私が囮になりますから、機動力には自信があります。皆さんは隙を見つけてここから逃げて下さい。なぁに、私は百鬼夜行ではありませんから、存分に戦えますよ」
「駄目だ、飛鳥。死にたいのかよ。相手はもう百鬼夜行とか、そんな理由で攻撃してないんだ。俺以外の人間が何人逃げようが、誰も追わないだろう。俺を殺す事で、柵野栄助を討伐する事を止めるのが、最終目標なんだから」
奴らはもう作戦的な甘さはないだろう。俺を殺せば世界を救えるのだから。だから…………、死にに行くなら…‥俺が。
「やれやれ、そろそろ行弓君が死んでくるとか言いそうだから。もう奥の手を出すよ」
…………行きますと言う前に、先に言われた。奥の手だと、今の俺達に何が残っている、この笠松高校は完全に包囲されている。打開策を講じれるようなタイミングか? 誰を囮にするつもりだ、誰であろうと俺以外の誰かを犠牲にするなんて許さないぞ。
「…………本当は柵野栄助との戦いの用意だったんだけどね。仕方がない、私達が悪霊狩りの合間に何をしていたのか、見せつけてやるよ」