木綿
一反木綿とは鹿児島県に伝わる妖怪である。夕暮れ時にひらひらと大空を飛び、首に巻きついたり、顔を覆ったりしたりして、人間を窒息死させるという伝説があったり、巻かれた反物のような状態でくるくると回りながら素早く移動し、子供を体に巻き込んで連れ去ってしまうという伝説もある。
だが裏話がある。子供が夜遅くまで遊ばないようにするために、陰陽師が取り計らったのだ。一反木綿に限らず、子供を夜遅くまで遊ばせない為に陰陽師が式神を利用して、暗躍した話はかなり多い。
問題は一反木綿のそのスペックの高さである。まず全長三メートル、ここからして反則だ。しかも二十四体、やってられるか。しかも姿が割と変幻自在であり、動きやすい身なりをしている。伝説にもあるように、一反木綿はかなり捕獲に長けている。巻きつくというのは、殴る、蹴るなどよりも凄まじく危険なのだ。だって一度捕まれば絶対に逃げられない。ただの打撃なら比較的に躱し易いし、例えダメージになっても、体を反らしたり、受け流したりして、ある程度緩和が効くのだ。しかし、巻きつくは全く違う。締め付けられるダメージは全て避けられず、終わりがない。敗北するまで、苦しみ続けるだけだ。しかも、一体にでも捕まれば、俺の動きは止まり、残りの二十三匹も巻きついてくる。さらに脱出は不可能。そもそも俺の妖力では一体すら抜け出せないだろう。
そして、一番悍ましい脅威は、空を制するということである。俺が火車をバイクに変身させ、地面を滑走しているのに対し、飛鳥は一反木綿を羽衣状にし、空を飛ぶ。まず上空の方が獲物を捕らえ易い。視野を広く持てるからだ。さらに上空の方が、自由に体の形を変えられる。ただ直線的に逃げる俺に対し、一反木綿は縦横無尽に俺を捕まえられるのだ。しかも一反木綿は全妖怪の中でもトップランクのスピードを持つ。正直一匹からすらも逃げられるか分からない。しかし、飛鳥がガードに使用した半分を除くとしても、あと十二体から逃げなければならない。
逃げられる訳がないだろ。普通に考えて。
………………普通に考えたら。だが俺は史上最強に普通の陰陽師じゃないんだぜ。
一反木綿の一体は早くも俺に追い付き、襲い掛かった。
「鬼神スキル鋸貝」
俺が修行で会得した能力の一つ。鋸貝は移動能力である、いわゆる妖力を使った瞬間移動。一反木綿が俺を捕らえようとするギリギリの瞬間にこの力は生きてくる。正確な数値は無いがランダムに俺を少し近くのポジションに移動させるのだ。勿論、待ち伏せなんて作戦もさせない、なぜなら能力を発動している当事者である俺ですら、全く着地する場所が予測不可能なのだから。
飛鳥の陰陽師としての実力は俺が一番良く分かっている。だから俺だって本気になれば、対抗出来るのだ。
「行弓君、何か一つ忘れてませんか?」
十二体も使い空から移動して俺の傍まで来ていた、飛鳥が言った。式神は列を作り待機しながら、飛行している。お構いなしにバイクで逃げる、俺。
「何の話だよ!!」
「鬼神スキル宵氷」