退避
開戦と同時に俺は火車をお札から取り出しつつ全力で逃げた。前にも何回か言ったが、俺が飛鳥とまともに戦闘したって勝ち目は無い。だから正面にいつまでも立っている訳にはいかないのだ。
「行弓ちゃん。打ち合わせ通り」
火車をバイクに変身させ、すぐさま跨る。まずは姿を攪乱して不安感を募らせる。簡単に倒せる相手に時間が掛かるというのは、どんな人間であれイライラするものだ。飛鳥だって早期決着を狙っているに違いない。確かに飛鳥は攻撃や防御にかなり優れている。だから正面から挑んだら、確実に俺を瞬殺出来るだろう。しかし、手間を掛けさせることで、何かしら隙が生まれるかもしれない。
戦うのと、追いかけるのでは追いかける仕事の方が面倒だ。そして戦うのと、逃げるのでは逃げる方が簡単だ。対戦フィールドは御上の家の庭園全域。バイクで逃げるには広すぎるくらいの空間だ。
ある程度距離を取ったかな、そう思い恐る恐る後ろを振り向くと……あの野郎。一歩も動いてない。俺が驚いて顔を合わせると、飛鳥は念力でこう訴えた。
「あと十秒くれてやる」
そこにいたのは、いつもの無感情フェイスに戻った、飛鳥さんだった。薄い目とぼんやりした顔で逃げ回る俺を眺めている。相変わらず何を考えているか分からない。
「7、6、5」
おい、あの女カウントを始めやがったぞ。怖いよ、もうちょっと可愛く言って欲しい。
「4、3、2」
「そろそろ動き出すよ、行弓ちゃん」
分かっているさ、そんなこと。
「1、0。まあ逃げますよね、行弓君のいつもの行動パターンから考えて」
飛鳥は巫女服の袖からお札を取り出した。合計二十四枚。
「一反木綿!!」
長さ十メートル、幅三十センチの布状の化け物が……二十四体現れた。一種の妖怪しか召喚していない為に飛鳥の霊力には一切負担はない。せいぜい指示が困難なくらいだが、日頃から訓練しているチームにそんなディスアドバンテージはない。
まず十二体が飛鳥の体を覆い、羽衣のような状態に。一反木綿の二十四体には全て名前が着いている。色の名前だ。その名の通り、奴らには色が着いている。勿論、本来は全て白色だったのだが、妖力を着色し、纏わせることで、区別しているのだ。
「さて、追いましょうか」