将棋
お時間を頂けますかって、奴と何を話し合うというのだ。柵野栄助の右腕であるだろう奴は、久留間点滅と同様に柵野栄助の命を守る為に、俺を捕獲しに来たのだろう。
乗車していた全員が降りた、車内の狭い場所にいては柔軟な動きが出来ないし、何より危険だ。奴の攻撃が把握する事が出来ない以上は、外に出ていた方が安全だ。五対一だから容易く殺せるなんて思わない。俺の感覚では今まで出会った悪霊の中で、こいつが一番不気味なんだ。
「行弓君を返せ、とか言うんだろう。今から我々は重要な任務がある。その為に彼はこの場にいなければならないんだ。絶対に彼は渡せない」
「彼じゃなくて、彼女でしょう。間違えないで下さい。それで私の話を聞いて貰えるのでしょうか。言っておきますが、私に対する攻撃は無意味ですよ。あなた方と交戦するつもりはないんです。ですから話をさせて下さい」
まただ、こいつはとことん闘いを避けようとする。何故か戦う事をしようとしない。まるで悟るかのように声をかけて、お願いを懇願するかのような頼み方をする。
「絶対回避か、それは確かに厄介だが。お前の先に来た久留間点滅も『絶対防御』を謳い、行弓君に無様に攻略法を探られて敗北した。お前の回避もスグに攻略してくれるだろう」
持ち上げるな、出来る自信なんて微塵もないんだぞ。どうしてそんなに俺を追い詰めるような真似をするかな。俺は奴の能力である『緊急回避信号』を二回も確認している。だが、これといった倒し方が分からなかった。厄災を弾く無意識の反射神経からなる移動。これをどうやって論理的に打開する。
一つ、思いついたのは、将棋でいうところの『詰み』の状態まで追い込む事だ。逃げ場を完全に塞ぎ、歩くスピードでは絶対に避けられないまでの一方的なラッシュを仕掛ける。これで奴を倒せるのではないか。
で、『そんな作戦は効果が無い』と分かった。奴は果たして一手先だけを見据えているのだろうか。それは確実に間違っていると言える。奴の回避はそんなに甘くないのだ。一手先が危険なら既に二手前に逃げている。ラッシュが始まる前に既に安全地帯を確保しているのだ。緊急回避信号の概念はそんな意味で攻略できる能力じゃない。
「皆様、お静かにして頂き、感謝申し上げます。賢明な判断だと存じますよ」
「五月蠅いよ、聞くだけ聞いてやるから話せ、不審者!!」
皆が緊張している、当たり前だ。相手は紛れも無くレベル3の悪霊、それもかなりのレアなタイプの奴だ。俺だって平常心を保てているとは思えない。心臓が痛いくらい鼓動をしている。リーダーが傍にいてくれるから、幾分か安心だが。
「では早速。そちら様に『松林力也』なるお方が、反逆なさったらしいですね。えっと……阿部清隆氏が我々の仲間であった綾文功刀様の手により、お亡くなりになってしまい、『御世継』がいない陰陽師の世界の新たなる王の誕生といった話ですよね」
どこでそんな情報を手に入れたのか、胸倉を掴んで白状させたいのだが、そんな危険な事はしない。だが、この話の流れ的にこっちの思惑まで理解しているという事か? 柵野栄助と松林力也をワザと戦わせようとしている事に。
「そして松林さんは柵野栄助様を最も容易く倒せる方法である、橇引行弓の生命を狙い殺害する事で、自分の実力を世に示そうとしている。で、あなた方はその危険から守る為に、今は絶賛避難中という訳ですね、柵野栄助様の本人がいる笠松町に」
待てよ、殺せるかどうかは置いといて、今の段階でこの面来染部を倒したら、柵野栄助の反感を買うんじゃないのか。いや、それはないか。奴は全く仲間を大切になんかしてないし。何より自分の身を守る為に、俺を庇うだろう。
「そして貴方達は柵野栄助を逆利用して、この危機を乗り越えるつもりだ。そしてこの騒ぎに便乗して、柵野栄助の命を狙っている。まあそんな所でしょう。あぁ、お気を悪くされないで下さい。私は事実確認がしたいだけですから」
やはり全てお見通しだったというわけか、やはり交渉決裂だろうな。作戦がばれている以上は、どうしようもない。やはり松林の馬鹿を一旦、放っておいて先にこの二体を倒すしか……。
「まったく、あなた方も栄助様も勝手だ。まるで盤上の駒が全て自分で動かしている気分でいる。本当に何が大切か、何も分かっていない」
ここからは、事実確認じゃないよな。やっと奴がしたい話という物が始まったのだろうか。
「私、裏切ったんです。柵野栄助を」
…………ん?
「だから、もう私は柵野栄助の部下じゃありません。松林力也さん同様に、私も上司を裏切りました」
は? えっと…………は?




