開戦
「いやぁ、何という虚脱感」
やっと先生が声を出した。まあ声といっても部長の声なのだが。因みに部長の魂のことなのだが、問題は無い。貧血で倒れてしまったという理由で、一週間騙し続けている。部長はなぜか妙に納得して貰っているが、別に部長の体なんて使わなくても構わないだろうに、先生がそこだけは譲らない。あいつ実は変態じゃね、主が入院しているのをいいことに、好き勝手やってね。と言いたいところだが、修行自体は真面目に付き合って貰ったので、大目に見てやろう。だが部長を騙すのは、もうそろそろ限界な気がする。
「行弓、すまない。お前の才能の無さは天下一級品だ。俺のような貧相な妖怪には手におえない」
「ちゃんと心を痛めているので、黙って下さい」
あの辛かった修行を思い出すと悲しくなる。だって本当に強くなった感覚が全く無いもん。だが、諦める訳にはいかない。例え力が無くても、技術が無くても、気合いと根性と友情でこのバトル中に強くなる。修行だって無駄ではないはずだ。例え修行中に上手くいかなくても、実践で成功すればいい。
「俺には夢がある。俺は特に何もしない陰陽師だから、その暇を持て余して、強くなり、仲間を救いだす。俺はもう敵前逃亡しない。正面向いて、誰にも文句言われないようにして、だらだらする」
飛鳥が心底呆れた顔をした。
「もういいです。最近真面目に頑張っているから労いの一言でも……と思いましたが、やっぱり根本的に行弓君は終わってます。どこまで見上げた根性しているんですか。本当に呆れたニートさんです、行弓君は」
何とでも言え。どこまでいっても俺は俺だ。だからそれで十分だ。
「……そうですか。……そうですね」
「何なんだよ、飛鳥。お前らしくもない。俺は俺らしく陰陽師でいるから、お前もお前らしく陰陽師でいろよ」
なんとなく、飛鳥の表情が変わっている気がした。いつも希薄で怖いくらい、無表情な飛鳥が悲しそうな顔をしている気がした。まるで別人みたいだ。さっきまで無表情だった飛鳥が……悲しい顔をしている。
「あのね、行弓君。別に私はあなたに強くなって欲しいと思った日なんてない。いつも私だけ戦闘に行くことに不満なんてない。あなたは根本的に私と違う存在だってことも分かる。だから、あなたはあなたのままでいいと思っていた。だから一度諦めた」
「どうした? 唐突に。本気でお前らしくないぞ」
「でもやっぱり諦めないことにした。うん」
「だから何を言っているんだよ、お前」
定刻になった、開戦の時間だ。先生がゆっくりと立ち上がり、俺と飛鳥のちょうど中間地点に立つ。そして右腕をゆっくりと大空へ向かって伸ばした。空気が黒く澱んでいくのが分かる。
「双方構えて」
先生が一瞬ちらっと俺を見た。何かを訴えるような目で。
「いざ尋常に……始め!!」
何を諦めないか。答えは決まっている。
「行弓君。私はあなたをこれ以上、特に何もしない陰陽師にはさせない!!」