犬猿
俺は松林が大っ嫌いだ、そして奴も俺の事が大嫌いだ。もう犬猿の仲なんてレベルではない。俺が奴を気に入らない理由は、奴が俺を見下している事だ。発端は数年前に遡る、奴は俺が笠松の陰陽師機関にいた頃に、教育係を務めていた。あの頃は本当に才能が無く、外の仕事にすら駆り出されず、ずっと部屋の中で事務的な面白みのない仕事をしていた。それを見て、奴は俺を格下の屑だと認識したのだろう。
奴が俺が嫌いな理由は、実力の無い奴が精一杯背伸びして頑張っている姿を見るのが気に入らないのだろう。仕事が出来ない奴が同じ仕事場にいると、苛立ちを覚えるのだろう。
差し詰め奴は『猿』といったところか、だったら俺は『犬』か。誰が、犬だ!!
「どうしましょう、ここはもうすぐ追っ手が来ますよ!! このアジトが一番危険地帯じゃないですか」
俺を殺すかどうかの話し合いではなく、いつの間にか松林連合軍から逃げる話になっている。レベル3の悪霊をどうするか、お先は真っ暗だというのに、どうして悩みの種がこうも雑草のように生い茂っているのだろうか。
「そうそう、だから今から皆で準備してこのアジトを捨てて逃げます」
アジトを捨てるか、切羽詰っているのが良く分かるな。あの馬鹿の裏切りでここまで追い込まれるとは。どこに逃げればいいか、良く分からないのだが。
「リーダー、準備って荷物を移動する準備をするって事ですか? 家具は借りている物が多いので、重い私物は少ないのですが」
鶴見の言うのは、旅仕度みたいな意味か。確かに俺もそんなに私物はないのだが。そもそも命に代えられる大切な物などないが。
「うん、ま~それも勿論だけど。準備っていうのは、『罠を張る』っていう意味。爆弾を設置するとか、幻覚で部屋から出れないように閉じ込めるとか。五十鈴の部屋に仕込んでおけば、松林の事だから侵入するんじゃね?」
「嫌です、絶対に侵入させません。その前に殺します」
アジトを捨てるってそういう意味か、俺の部屋に本来の移動場所と違う場所を暗示しておけば、効果とか高いかもな。
「毒針とか有効ですよね~」
「入ったら、逃げ出せないようにして、ある程度の人数になったら一気に毒ガスでみなごろ……」
この人達……なんか考えている事が怖い。何というか、裏切ったあの馬鹿共も人でなしだと思うけど、リーダーや五百機さんの元仲間に対する行動も大概だな。まあ今更、あいつがどんな目に合おうがどうでもいいけど。
「で? 具体的にどこに逃げるっていうんです。松林が政権を握っているなら、どの機関だろうと、俺達を捕まえようとするんじゃないですか?」
まあ突発的に御門城に現れた新しい天主様を、自分達の最高責任者だと地方の期間が認識するとは思えないが。まあ律儀な所は誤魔化されるかもしれない。それでなくとも、百鬼夜行は阿部清隆を殺した反逆機関で、自分達を襲った連中の元所属機関だから……そういう意味でも俺達を匿ってくれる場所なんてないだろう。
「もしかして……一代目、振払追継がいる場所とか」
「勝手に母さんを巻き込まないで!!」
「勝手にお婆ちゃんを巻き込まないで下さい!!」
二人して仁王みたいに顔を豹変させて怒った、俺も軽率だったのは認めるけど、そんなに怒らなくても。あくまで選択肢の一つを挙げただけじゃないですか。
「じゃあどこに逃げるっていうんですか」
「決まっているだろう、行弓君。君の始まりの場所だよ。…………笠松陰陽師機関だ。そこに立て籠もる」