深海
久留間点滅は跡形もない消し飛んだ、これで勝負は着いたはずなんだ。柵野栄助が以前に綾文功刀を殺した時に、奴は傷を回復させて致命傷へのダメージを消し復活したが、それはまだあいつの中に妖力の波長があったからだ。肉片がバラバラになってしまえば、復活もなにもないだろう。
「終わりだ、さてリーダーの加勢にでも行くか。まああの人がレベル2如きの悪霊に囲まれた所で、苦戦を強いるとは思えないが」
何だ、この不安というか消えない絶望感は。まだ俺の心の中で不安要素が払拭しきれていない。久留間点滅は本当に死んだ……のか?
「どうした、行弓君。そんな顔をして、久留間点滅は既に消え去っただろう」
「いや、…………でも」
その時だった、五百機さんの式神である大蛤が消えた。これで俺の視線から幻覚が消える。今まで久留間点滅と俺は嘘の世界の映像を戦闘開始から見続けていた訳だが。これは……五百機さんがお札に畳んだのだろうか。
「五百機さん?」
「…………違う。私じゃない、私はまだ蜃を元に戻してはいない。どういう事だ、私はいったい何を……?」
いた、久留間点滅は生きていた。しかし五体満足で地面に立っていたのではない、確かに原型は留めていなかった。魚……いや、ウツボのような長い図体をした深海魚の姿をしていたのだ。気色が悪いのは口が二重にある。まるでファンタジーの世界のモンスターだ。
「人間じゃない? 久留間点滅は……あれが本体?」
記憶を呼び起こす、確かレベル3の悪霊になる条件は、『人間である事』ではない。『妖力を持っている事』だ。妖怪でもレベル3の悪霊になる事は可能なのである。で? 奴はいったい生前は何だったのか……予想してみた。
「よ…く…も…。やってくれたなぁ!!」
……やっぱり、何か上手くいき過ぎていると感じていたんだ。細氷が付着する前に奴は氷霧の中にいる事に気が付いていたのか? そこからどうやって幻覚の空間から脱出した? 爆発の間はどこに隠れていた?
この答えが全て説明をつけるには、とある仮説をたてるしかない。奴は……恐らく生前はレベル1の悪霊だ。それも時代は随分と前、丁度その頃は阿部清明とかが、現役で働いていた時代じゃないか。こいつはきっと深海に隠れていたんだ、封印されて可能性も高い。時代に埋もれ忘れ去られ、この時代に二代飛ばして力を覚醒させたんだ、魂と感情を獲得して。
違和感は始めからあった、奴の腹に第二の口が現れた時に、俺にはただ単なる吸い込んで吐き出すための能力の、付属的な飾りには見えなかった。始めから奴は人間じゃなかった、人間に擬態する事を覚えた、妖怪をモチーフにした悪霊だ。
こいつは幻覚には気が付いてなかったし、氷霧も分からなかったし、脱出なんかしていない。爆発はクリティカルに直撃した。しかし、こいつは体の中に他の巨大な妖力を持っている。だから体がバラバラになっても復活できた。
五百機さんが久留間点滅を倒せなかった理由は一つ。体の中にある妖力の差だ。奴は他のレベル3の悪霊よりも妖力を蓄積している。それもただ能力に生かすのではなく、体を巨大化させ暴挙によって人を殺害する事に特化した姿だ。
吸い込む能力もこの姿の方が本領が発揮できるのではないか。だって五百機さんの式神が消えたのは、純粋に難しい原理とかではなく、単純に久留間点滅が『吹き飛ばした』だけなのだから。その周辺一帯の幻覚を、余すことなく。
ここで必然的にとある疑問が沸いてくる。あと何回殺せば……奴は死ぬ? 奴は体の中にある妖力はどれくらいだ? バラバラになっても復活できるなら、どんな致命傷が効果的なんだ? つーか、奴を殺す事なんて……不可能なのか?