風圧
この場で蛤を消してしまえば、俺は奴に捕まる。そうしたら今度は奴が逃げる側の立場になる。レベル3の悪霊には瞬間移動のような能力があった。つまり俺が奴等に掴まってしまえば、本当に終わりである。
捕まって俺にされる事など察しがつく。また意識だけの姿にされ、もう二度とチャンスの無い監禁の刑だ。女性になる程度の苦しみじゃ済まない。折角に烏天狗が命を懸けて繋いでくれた俺の意識が無駄になる。
「そうだな、だがこうしたらどうだ?」
遂に今まで全ての攻撃や防御を式神に任せていた五百機さんが動いた、自身が動いて戦う姿を始めてみる。蛤があまりに強力で存在感のある式神だったから、自身が戦う事などないだろうと、勝手にそう誤解していた。
武器を取り出した、霧が実体化して小さい鎌のような物が姿を現した。それを両手に掴むと接近戦に入った。遠距離攻撃だとまた引力で弾かれると思ったのだろう。霧を実体化させる事で何でも好きな物を作れるのだろうか。それは反則じみている。過去にリーダーが五百機さんの事を『最強』と言ったが何となく分かった。
「お前の能力が意外に頭が悪くて助かったよ。口は吸いこむ動作と、吐き出す動作を同時には行えない。弱点が丸出しなんだよ」
そうか、俺を吸い込んでいる間は奴は、吐き出す方の防御方面に力を発揮できない。奴に同時に能力を発動させるように仕向ければ、どちらかを諦めて切り捨てなければならない。
……と思ったのだが。どうもそんな簡単にはいかないらしい。五百機さんは思いっきり吹っ飛んだ。そのまま鎌が霧散し、スライディングして転がった。奴は同時に吸引と吐出を同時進行で行なったのだ。もう一つの口を使って。
「ば~か~、ば~か~。口ならもう一個あるんだよ!!」
本物の方の口を使いやがった、本来の顔にある奴だ。まるで超音波だの炸裂弾だのを放つように。なるほど、力の入れ具合で威力を替えられるのか。さっきは自分の身を守るためにすべき行動は、五百機さんを吹き飛ばすだけで良かったので、一点に集中して風圧を溜めた空気砲が撃てたのだ。
「五百機さん!!」
「大丈夫、まだ死んではいないと思うよ。そんなに威力を込めなかったからね。僕は無意味な人殺しは嫌いなんだ、っていうのは真っ赤な嘘なんだけど。このままじゃ我々のレベル3の悪霊の印象が、もう一人の栄助様に悪いからね。君は機関の人間だろう、だったら行弓を殺す仕草をしてよ。それで栄助様には絶望して貰う。人間は『敵』なんだと自覚して貰う。お前はそのための媒介だ」
台詞の途中で五百機さんが立ち上がった、頭から血が流れている。落下した時に打ち所が悪かったのだろうか。
「そういうのを世間では無駄な抵抗って言うよね~。言っておくけど、空気を操る僕と、霧を操る君では相性が最悪だ。君の勝機なんて微塵もないよ」