力学
奴の能力が防御特化と言われ、変幻自在の引力使いと言われた時に、何となく頭の中で意味を解釈していた。奴は引力の力で攻撃を全て弾き返すのだと思った。吸着と反発を利用した磁力のような才覚なのだと。だが、結果はどうも違うみたいだ、どうやらそんな頭の良い能力ではなく、もっと奴は悪霊じみた力だった。
「僕が引力使いって言われた時に、何を想像した? おおよそ力学だの電磁気学だのそんなパワーだと思ったでしょ。高校生向けとかの漫画の世界にはそんな能力者が多いからね。でも僕は残念ながらそんな『力』を操る系統じゃないんだよ」
奴の来ていた中学校の制服のようなブレザーが勢いよく横方向に破れた。そしてそこにはまるでグロテスクな深海魚の口のような物が現れた。気色悪いの一言に過ぎる。舌が一メートルくらい伸び縮みしている、口も八重歯がかなり巨大だ、周辺の歯並びも悪い。全く人間の口にみえないのは言うまでもないだろう。
「もっと子供向け番組に向けた能力さ、捕食のための吸い込みと、食べられない物を吐き出す。それだけの一連の動作で、僕は最強の防御力を手に入れたのさ」
そうか、だから奴は他のレベル3の悪霊に比べて性格が砕けていたのか。『自分に都合の良い物だけを呑みこみ、自分に都合の悪い物を吐き出していた』、奴の歪みは能力にまで反映している。奴はただの『我が儘な餓鬼』だったんだ。
「さあ、こっちにおいで。君は僕等にとって必要な存在だ」
……吸い込まれる、そう感じた時には既に俺の両足は駐車場のコンクリートの上に立っていなかった。あの気持ちの悪い口の啜る動作によって、俺は空中に放り投げられていた。吸い込む能力と言っている割には、的確にピンポイントで狙いを定められるのか。
「へっへっへ。捕獲かんりょ……っ!!」
「そう簡単にさせると思うか?」
さすが五百機さんとでも言うべきだろうか、霧が実体化して大蛤の状態になった。そして俺の右足を二枚貝で挟んで食い止めたのである。……なんか傍から見たら俺が蛤に食べられているようだな。
「霧は水分だとお前が言っただろう。例え目に見える霧を払った所で、私の領域が無くなったわけじゃない。空気中に水分なんかいくらでもあるんだ。幻覚使いを舐めるなよ」
「でも数が減ったから抑え付ける威力は衰えているよね。早くその噛み付きを止めないと、もう一人の栄助様の片足がもげちゃうよ?」
そうだ、まだ俺は引っ張られている、奴の攻撃から解放されたわけではない。