奪還
俺は個室を出ると、そのまま店員や品物を無視して店を出た。さぞ迷惑な客だっただろう。五百機さんは入口の所で腕を組んで壁に寄り掛かり待っていてくれた。
「落ち着いたかい?」
「いいえ、何か本当に具合が悪いみたいです。早く部屋に帰りたいです」
いや、いっそ実家まで帰りたい気分だった。自分自身に期待が何も持てない、心も体も何もかも失い、よもや蝉の抜け殻程度の価値しかない俺が、これからどうすればいいかさっぱり分からないのである。いや、俺の命には価値があるか、死ぬことで諸悪の根源を断ち切れるのだから。おい、どうした、俺? ここで自殺すれば烏天狗の敵が取れるぞ。
「はっ、死ぬ気合いすらないのか、俺は」
「……行弓君。大丈夫かい……、いや大丈夫じゃないのは分かるけど……ごめん、失言だった。タクシーへ帰ろうか、リーダーが心配している」
リーダーか、この人はリーダーが。いや、空白の振払追継である音無晴香が陰陽師でありながら、レベル3の悪霊である事を知っているのだろうか。……尋ねる勇気すら湧いてこない。
「……ちくしょう」
そう呟いたその時だった……悲鳴だろうか、耳に響く金切声が届いた。体が反射的に音の方へ向く、そこには……自動車? 深夜で良く見えないが、多分黒色の自動車が真っ直ぐ俺達の方へ向かって来ている。と、その瞬間に五百機さんが俺を抱く感じで、思いっきり飛んだ。そのまま俺を下に倒れたが、暴走する自動車は真っ直ぐにコンビニへ激突し、静止した。
「何だ? 事故かよ。飲酒運転か、無免許運転か……、痛ってぇ」
「大丈夫か、行弓君。怪我は無いか!!」
あんたのせいで背中に大ダメージだよ、って言いたい所だが、それをしてくれなかったら死んでいたので、何も言わない。全くこんな深夜になんて危険運転してやがる。全く偶然にしては、この落ち込んで精神が病んでいる時に酷い仕打ちだ。
「いや、単なる事故ではないな。車を見てくれ、誰も乗車していないだろう」
「運転手がいない!! そんな馬鹿な!! じゃあ……」
「あぁ、悪霊の追手がやって来たようだ。この技からして『久留間点滅』の仕業だな。君を奪還しに来たようだ、まあ君は奴等の首領にとって心臓みたいな物だからね。どうりで的が外れていると思った」
確かに俺を殺す為に放った攻撃にしては、距離がイマイチだ。只の威嚇のためか……、違う……リーダーとの分裂が目的か!! 被害で煙が巻き上がっているが、その先の俺達のいる場所とは反対方向の駐車場にリーダーを乗せたタクシーがあったのだ。奴等も一人ではない、複数で作戦を立てている可能性は充分に考える。
「つーか、五百機さん。久留間点滅を知っているんですね」
「標的の名前を知らないでどうする。それよりも奴が来るぞ、私の後ろに隠れてくれ」