有能
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相良が理事長と折り合いを付ける間に俺にはまた暇な時間が出来た。正直、こうも早く相良が俺の存在に気が付いてくれたのはラッキーだったかもしれない。会話中は殺されるんじゃないかという狂気に襲われていたが、冷静に落ち着いて考えてみた。
理事長は格納庫で柵野栄助が復活した時に、柵野栄助は『次に会うときは戦場だ』と言っていた。俺の姿を見て少なくともいい気はしないだろう。そう言えば、綾文功刀から受けた傷は回復しているだろうか。俺には遥かな長い時の流れに感じていたが、現実的にはあの事件から二日程度くらいしか経過していないのである。
「あぁ、皆は無事かなぁ」
なんて考えつつ、今の自分に置かれている状況を詳しく整理してみる。俺は柵野栄助の媒体となった。だが、厳密には柵野栄助から憑依された女性とは違う処遇にいる。いわゆる俺自身も悪霊になってしまうという事だ。奴の能力の介入により、奴と俺が意識と肉体が入れ替わった状態にいる。
俺は媒体として有能な媒体じゃない。何故なら俺自身の体に溜めておける妖力は少ないからだ。少しずつ奪うにも、そんなに一気に吸収はできないのである。そして俺がある程度の悪霊についての知識を持っていたために、奴は俺と良好関係を築く事に失敗した。お陰で俺を罠に嵌めて蜜を吸う事も叶わないのだ。
だが、それ以前に奴は俺と意識を肉体が入れ替わっている。お陰で奴は代わりに『妖力吸収』の技術を得た。俺なんぞからわざわざ奪わずとも、手に入れられるのだろう。困ってはいないようだ。媒体として機能しないという面は問題ないかもしれない。だが、俺の存在は奴に取って厄介のはずだ。
今を思えば理事長達の取った作戦は思いの外『成功』と言ってもいいのだろう。だって俺を殺せば柵野栄助は殺害できる。俺が新たな悪霊として復活してしまうが、奴よりは人類の脅威にはならないだろう。俺を殺す意味は充分にある。だから柵野栄助は俺ぼ意識を自分の中に閉じ込めていたのかもしれない、と勝手に推測する。
「俺は……誰に取っても良い存在じゃないんだな」
俺は悪霊になったのだろう、理事長やリーダーがどうやって悪霊としての妖力を抑えているのか知らないが、俺もそうなったらいいな。だが、難しいだろう。俺の背中には柵野栄助の命が乗っている。俺を仲間だとした上で、名誉ある死を要求されるだろう。
だが、俺は死ぬ訳にはいかない。陰陽師もどきにだって約束というものがある。死を受け入れるのは『退避』と同じだ。これまであらゆる小細工を使ってきた俺だが、逃げる権利だけは持ち合わせていない。俺には飛鳥との硬い約束がある。
「死んでたまるものか」
そうだ、どんな危機的状況に落とされても、どんなに周囲の人間が丸め込もうとされても、これだけは譲ってはいけない。