心臓
「他の悪霊は問題なく殺せるんだが、奴だけはそう簡単に殺せないわけだ。奴は媒体としている人間が未だに存在せずに、降臨時のままの状態を維持している訳だから。まあ、それもお前という存在に乗り移ったから、もう閉じ込めるなんてする必要なくなったんだけどな」
そうか、奴は俺に対しては自身の憑依能力ではなく、レベル3の悪霊としての憑依をしたんだ。目的は俺が今閉じ込められているこの空間からの脱出。奴は俺に対し、妖力を必要としないこの方法で乗り移って脱出したのか。そして……俺が奴に取っての媒体……。奴が俺の分離を恐怖していたのは、心臓が二つのなるも同然だったから。俺が死ねば、奴も死ぬ。奴と俺の関係はそういう事だ。
「一度殺したとしたら、憑依されている人間が今度は悪霊として復活してしまう。仮に放っておいても、悪霊になってしまうだけどな。笑えないよな…………、ってお前……どの道でも悪霊なんじゃね」
……殺される…………、折角に男のプライドを吐き捨てて、あらゆる事を諦めて、限界突破でこの場所に立っているというのに……。悪霊は陰陽師の宿敵、駆除すべき害悪、人類を殺害する存在だ。俺は、そんな存在になってしまったというのか。
「おっれは…悪霊、じゃ…ない…です…よ?」
「はいはい、だからお前への審判はちゃんと理事長とか百鬼夜行のリーダーとかが決めるだろうから。面白そうだな、お前が死ぬ前に叫ぶ台詞が楽しみだ」
……もう駄目かもしれない。このままだと殺される、何もかも達成できないまま死ぬ。百鬼夜行に戻れない、レベル3の悪霊を殺せない、烏天狗を救済する事もできない。地元に帰る事も、特に何もしない陰陽師として存在する事もできない。
「ふざけんなよっ、ふざけんな!! あいつらだって悪霊だろうが!!」
……………言っちゃった…………。また感情に任せて言葉にしてはならない事を言ってしまった。やっぱり俺って馬鹿かもしれない、相良十次に向かって理事長とリーダーが悪霊であることを口走るべきではなかった。
相良はポカンとした反応をしている、何故か訳が分からない顔をしている。俺が柵野栄助ではないという事くらい、理事長とリーダーが悪霊だったなんて設定は、納得なんか出来ないだろうな。
「お前って凄いな、どこまで変わり果てたんだ? 今のは柵野栄助だとしても、橇引行弓だとしても理解できないな。柵野栄助はそこそこにプライドを持った奴だった。嘘やはったりは大好きな奴だったがこんな苦し紛れの言い訳をする奴じゃなかった、橇引行弓も馬鹿みたいな陰陽師もどき野郎だったが、自分が助かろうとする為に、嘘を言う奴じゃない。奴は身の丈に合わない使命感って奴を常に持っていた」
なんか散々な言われようだが、話の腰を折らないためにあえて突っ込むまい。陰陽師もどきとか、身の丈に合わないとか、馬鹿にされていい気はしてないけど。相良よ、俺が何一つ、嘘などついていないと早く気が付いてくれ。いや、そんな高望みはしない、早く理事長あたりに合わせてくれ。