達者
俺が前回にこの空間から抜け出せた方法は、この空間を火車の炎で焼き尽くす事だった。だから今回も同じようにこの空間を崩壊させてしまえば、どこかは分からないが現実に戻れるはずだ。
これは、柵野栄助から教えて貰った事だという皮肉があるのだが。
「って、あれ? いない…………、火車がいない。そうか、火車は橇引行弓の式神だから、今の俺の体では奴を操る事ができないのか」
やっぱり不便だな、自分の体じゃない姿になってしまうというのは。柵野栄助自身も俺と同じ気分を味わっているのだろうか。いや、それはないな。奴はそもそも人間じゃないから人間らしい感性を持ってはいないだろう。
「やっぱり脱出できないか。これじゃあ柵野栄助の傍にいて潜入捜査を続けていた方がましだったじゃないか。これじゃあ完全に脱獄不可能の監獄に入れられたのと同じだ……」
冗談じゃないよ、何も解決できてないじゃないですか。俺は一刻も早く烏天狗を助ける為にこの場から出なければならないのに。って、そんな事を考えていると…………。
「何だよ、騒がしいな!! お前、いなくなったんじゃないのかよ」
この声は……相良十次か。この世界を作り出している張本人で、一度だけ真面に戦った事がある。その時に初めてこの空間に閉じ込められたのだが。
「さ、が…ら……」
俺はこの時にどんな顔をしていたのだろうか、さぞかし無様な恰好をしていたのだろう。相良は最初はかなり驚いていた顔をしていたのだが、意外にスグにケロッとした顔に戻ると、舐めたような口をきき始めた。
「お前、確か霊界で橇引行弓の人格に乗り込んで、逃げ出したはずだ。俺はお前がこの部屋から逃げ出した事を確認している。なのになんでお前がまたこの空間に戻ってきたんだ? まさか橇引行弓の野郎が人格を奪い返したのか」
そんな現代漫画的な誰もが喜ぶ理想的なENDだったならば、俺もさぞ泣いて喜ぶのだが。悲しい事に現実はあまりに無慈悲だ、残念ながら俺は柵野栄助ではない。俺は所詮、奴の代わりに元の柵野栄助の体に乗り込んだだけなのだ。
「……まあいいや、じゃあ達者でな。じゃあ俺はお前がこの空間に戻ったって事を理事長に伝えに行くから」
「待てよ、違うんだ。俺が橇引行弓だよ。肉体の所有権が入れ替わったんだ!! 俺はお前の知っている柵野栄助じゃない!!」
マズイ、これでは俺が理事長やリーダーに勘違いされて消されてしまう。これじゃレベル3の悪霊との戦うどころの話じゃない。とにかく奴を説得して、理解して貰わなくては。