卑屈
そうだよ、烏天狗……。奴に知られているじゃん、折角の体を戻る方法が思いついたっていうのに、奴にその方法を知られてしまっては、奴に封じられるかもしれない。
「いや、それはないのか?」
考えてもみろ。奴の、柵野栄助が俺の言葉に返事を返さなかった理由を。俺が奴同様に、体を動かしたり、痛みを感じたりする事ができないように、奴も俺をどうこう出来ないのではないだろうか。
「筒抜けがどうした、お前はどうせ行弓にどうすることもできないのだろう。お前に対し疑問があった、とてもお前が行弓を排除しようとする気がないという事だ。お前はワシを消す前に、絶対に行弓の方がお前に取って面倒なはずだ」
なんで、俺を殺さなかったのか? それでなかったにしても干渉しなかったのか? 答えは至極簡単だ、ここまで分かりやすい事も無い。簡単に言えば、柵野栄助は能力を絶対的に持っている。だが、頭は宜しくないだろう。
お前は、俺よりも先に分かっていたんだな……烏天狗。
「橇引行弓はお前に取って一番の汚点だ。前の女がなんとか理事長に殺された時に、ワシは疑問を感じた。どうして最強の憑依能力を持ちうる、お前がそんな自分が殺される為の問題を消しておかなかったか」
「それは簡単だ、お前は『俺をどうこう』出来なかったからだ。お前がどう頑張っても、俺がお前から肉体の支配を奪い返そうとしても出来ないように、お前も俺の意識を消す事はできない。捨てた人格を回収する事もできない」
これで説明がついた、奴が俺と喋らない理由が。俺に干渉できない理由を詮索されないようにするため。そして烏天狗に俺が意識としてでは、まだ生存していて、会話を聞いている事や状況を視界から把握している事に気づかれないようにするため。
下手な猿芝居だな、少しがっかりだ。卑屈なまでに人間観察が得意な俺と、卑屈なまでに他種族が嫌いな烏天狗が…………騙される訳ねーだろうが、ばーか。
「お前っ、いつから……」
「始めから疑っていた。今のお前の言葉で確証した。残念だったのぉ、貴様は今からワシを殺すようじゃが、貴様は一族の長を名乗りながら、相手を殺すことで『逃げる』のじゃ。貴様は敗北を抱えて生きていくことになる。無様な奴よのぉ」
「おい……、おい!! 橇引行弓!!」
ようやく俺の名前を呼んだのか。これはこれは、もう一貫してダンマリを決め込まれると思っていたのだが。
「あぁ、やっと返事をしたな。屑め、よくも俺の体を奪いやがったな。それと綾文功刀の件もだ。お前だけは…………絶対にゆるさねぇ!!」