仕草
取引……それは、俺の逃げ腰が伝染したのか……烏天狗。圧倒的に力の差が歴然の相手と戦う場合に、逃げるという選択が無い俺には、交渉という闘い方を貫いてきた。だが、今まで最強の妖怪だった烏天狗は、そんな真似をするキャラじゃない。さっきの隠れるという行動といい、烏天狗の戦闘スタイルが変わってきている。
「へ~え、君はそんな事に頭を使えるタイプの妖怪じゃないだろうに。そこまでして、こいつの役に立ちたいのかい?」
奴は俺の顔の頬を引っ張ると、ワザと馬鹿にするような仕草をした。友情が気に入らないと言っていたが、本当なのだろうか。
「君は随分と隠れるだの、交渉だの、私のデータと大分違うのだが。陰陽師の聖地で山に引き籠り睨みを利かせて、あらゆる戦争に首を突っ込んできた本当の英雄だろう。捕獲不能の妖怪のプライドって物はないのかい?」
「舐めるなよ、物の怪め。プライドなら残っている。貴様は知らないのか、ワシは七年目に妖怪になって初めて友達ができた。妖怪共には置いて行かれ、人間からは嫌われ、山から下りられなくなった。こんなワシに死にもの狂いで駆け寄ってきた人間がいた。ワシの中の価値観が変わったんじゃ、ワシは何を大切にして生きていくかという事が」
烏天狗は思い詰めるように下を向き、目を瞑った。大切な物、守りたいもの。それは永遠に続く物ではない、時代の流れによって移りゆく物、そして消えていく物なのかもしれない。
「ワシにとって大切な物は、この山でも、天狗である事でも、大妖怪である事でもない。誰に向かっても恥る事の無い、本物の友達がいる事だ」
俺の七年前にやった行動は間違ってなかった、俺は奴を救うつもりで、無謀に立ち入り禁止の山に登り、本物のニートに言っても効果の無い無駄とも言える台詞を連呼して、散々迷惑をかけたあの俺の小学生時代の青春は、一匹狼というか一匹天狗を救う事に成功させていたのだ。
「だから、助けてやってくれ。ワシの体でも、意識でも、肉体でも、…………命でもくれてやる。だから、そこの餓鬼を解放してくれないか。いい年した大人が学生を苛めるもんじゃないだろう。奴にも陰陽師を脱退させる、死ぬ前に貴様らに迷惑を掛けないように、ワシが言う」
それは……、俺が陰陽師じゃなくなる、戦えなくなる。逃げる事と同義じゃないか。親友を失って、信念も失って、飛鳥との約束まで消え去ってしまう。それでは駄目だろう、でも条件次第では烏天狗が殺されてしまう。
「えっと、この体に利用価値があるって何度も言ったよね」
「ワシの体でも同じだけの効果は変わらんだろう、寧ろワシの方が奴より潜在能力は高いはずじゃ。妖怪としての不死身の体も手に入れられるだろう」