愉快
何が平常心だ、友達が苦しめられているのに平常心なんか保っていられる方が良き者としてオカシイんだよ。お前が放った罠の癖してなにを上から目線に語っているのだ。自分の姿をしていながら、本当に気に入らない。
「気に入らないなぁ、その下らない精神。まるで拘束を解こうという意思がないように思える。今は君が縛られている側に変わったはずだ、それなのに己の残る全てを使って振り解こうとしない。この圧倒的に不利な状況で、まだ全てを捨てようとしていない」
「お前と一緒にするな、というのはそういう事だ。貴様と私との核の違うという事だ。戦っている理由が違う、ワシにはまだ誇りがある。貴様のような愉快犯とは違う、本当の戦う理由だ」
奴にはプライドがある、天狗としての、式神としての、妖怪としての、友達としての。悪霊なんぞには生まれない、目に見えない大切な物が。
「そういうのを不愉快って言うんだろうね。まあどの道、君は助からない。大切な物とやらのために、何も生まずに死んでいけ。……もしかして、妖怪が永遠に死なない存在だという事に胡坐をかいているのではないか。妖力が無くなって、肉体を失ったら、もうどうしようもないだろう。消えて無くなれ、烏野郎」
「そうか、やはり不死身の姿も効かぬか。分かってはいたがな。生憎は死んでやる気も無い、だがワシ一人で貴様等を血祭りにすることは叶わないだろうな。仕方がないから、嫌がらせじゃ」
まだ烏天狗は大人しく殺される気はないようだ、それでこそ大妖怪だ。でも出来ればチャンスがあるなら逃げ出して欲しいのだが。妖力を奪われている状態で、単純な力比べでは話にならないだろう。というか、多少なら奴だってもう試したはずだ。
ならどうやってこの状況を突破するか。そもそも拘束を脱しようという考えから違った。力を分散して全方向に分散させるから、簡単に覆い込まれるのだ。こういう場合は、力を掛ける方向を一点に集中させる。
「こんな技で倒せるとは思えないが……」
烏天狗が行動を開始した、羽をバタつかせてまずは前方へ突進する。
「っぐっ」
烏天狗の不意の抵抗に柵野栄助が怯んだ、これでいい。戦場において一瞬の油断が命取りになると言うが、奴は元々自分の能力を過信して油断しているのだ。烏天狗の偉そうに説教している自分がこのザマだ。
烏天狗を縛っていた両手が表皮から外れた。この瞬間を逃さずに、俺の腕を掴むと空中で一回転し、そのまま木々の生い茂る地上の方へ叩き落とした。確かに能力なら数段奴の方がチートなのかもしれないが、空中戦なら烏天狗の右に出る奴はいない。
って、俺の体が……。運悪く、木々のどこにも引っ掛からずに、真っ逆さまに。受け身など有り得ない、俺は背中から硬い土の上に激突する。俺の体が……、これ絶対に無事じゃないぞ。骨とか、内臓とは、脳みそとか。かなり口から吐血したし、服とか血まみれだし……。烏天狗が逃げ出せたのは嬉しいが、これで俺の体が戻ってきたら、俺が痛みで死ぬかもしれない。




