醜態
「勝てるとか思っていないよね。君はもっとクールな妖怪だろう。一度、天狗が逃げ出す場面をこの目でみたいと思っていたんだ。私たちの前で無様な醜態を晒してくれ。天下の烏天狗が掟を破れば、さぞかし気分が良いだろうね」
こっちは命の崖っぷちなんだぞ、何が気分が良いだよ、ふざけやがって。
「楽しい、楽しい、楽しい、楽しい。楽しい殺戮ゲームの始まりだ。じゃあ楽しんでいこうか」
烏天狗がまず先に動いた、先制攻撃を放つつもりだ。まず一番厄介であり、強いであろう柵野栄助から狙うつもりだ。黒羽旋風を二つも巻き上げて、俺の体に向かって放った。轟音が鳴り響き、森林が激しく舞う。
「おいおい、これはこれは……」
だが、その砂塵は奴等に届く事すらなかった。二つの竜巻は左右の方向から挟み撃ちにしているように見えたが、まるで何事もなかったように奴等に『回避』された。偶然に少し立っている位置を替えたようにしか見えなかったのに。間違いない、面来染部の仕業だ。確か『絶対回避信号(エマ-ジェーシーコール)』だっただろうか。
「まぁ、何とも可愛らしい攻撃だねぇ、って、あれ? 烏天狗がいない。本当に逃げちゃった? そんな訳はないよね。恐らくこのフィールドを利用して隠れたって感じだね。確か天狗って大空を自由に舞い、森林をそよ風のように吹き抜けるんだっけ? さすが山の神様と言い伝えられるだけはあるね。 これは本気でどこに逃げたか分からないぞ」
なんてピンチに陥った割には、余裕たっぷりな口調だな。そんな事を敵を目の前にしてべらべら喋っている時点で、お前は危機なんか感じてないんだよ。日本のことわざに『天狗になる』という物がある。態度がデカい、自信過剰、傲慢な態度に向けて使われる言葉だ。本物の前でよくもまあ。
「さて、どこに隠れたのかな?」
「栄助様、栄助様。我々も遊んでいい感じですか?」
「あぁ、構わないよ。でもちょっと実験があるから捉えるだけにしておいてね。殺すのはご法度でよろしく」
ちくしょう、捕獲不能の大妖怪に向かってなんて話し合いだ。馬鹿げてやがる。これがレベル3の悪霊だっていうのか。これほどまでに馬鹿にされて烏天狗も心中穏やかではないだろう。俺だって心が煮えくりかえりそうだ。
だが、今は冷静に観察しよう。俺は奴の習性を全て知っている。烏天狗はあまり自分の事を喋らないので、習ったのではなく、調べた知識ではあるが。
烏天狗と同様に天狗にはあらゆる種類がいる。鼻が高いのを『鼻高天狗』、これが一般的だろう。長野県の『はてんご』、岩手県の『すねか』、北部では『なごみ』などの種類が確認されている、これらの形状は俺もよく知らないのだが。女性の天狗を女天狗、烏ではなく狼の姿をしたやつもいたらしい。
そんなバリエーションの豊富な天狗業界だが、烏天狗に一番形状が似通っている奴がいる。名前を『木の葉天狗』という。奴は天狗の中では烏天狗とは比べ物にならないくらい下位の身分の妖怪なのだが、天狗としては有名所だ。どちらかというと天狗というよりは、鳥の姿の部分の方が多く、翼はトビに似通っているらしい。
言いたい事は名前の部分だ。天狗はあらゆる能力を持っている、『山の神』は伊達ではない。山を支配するという事は、風を支配するだけではなく、木々や木の葉まで支配できるのだ。
だからおそらく隠れている場所は……。