食事
「どうしてこっちへ来るんだ……、お前がこの格納庫に入れる訳がないだろう」
追継の口調は強張っているが、完全に怖がっている。格納庫に入れる訳がないと思う絶対的な自信はある、実際にあの悪霊の妖力を持った山椒魚は見る影も無く死んだ。だが、なんだろう。奴のあの余裕癪々な態度は。まさか本当に格納庫に入いるつもりなのか。
「来ないで下さい。あなたはお兄さんではありませんが、その肉体はお兄さんの物です。格納庫に入る事で、あなたが死ぬのは構いませんが、お兄さんの身に何かあったら……」
「だから俺は橇引行弓だって。どうして怖がるかなぁ。仲間であるお前に変な事はしねーよ」
その言葉は肉体の隅に押しやられている俺でも信頼できる代物と判断できなかった。別にどんな意味深な抑揚があったわけでもないが、俺にはどうしても奴の言葉を信用するには値しなかったのだ。
「俺が悪霊になったから、その中に入れないとでも言いたいんだろ。まあ結論から言って、俺は悪霊じゃない。まあ、人間でも、妖怪でも、陰陽師でもないけどなぁ」
じゃあ何なんだよ!! お前は!!
「じゃああなたはいったい……何なんですか?」
と、あまりの恐怖に腰が抜けたのか、その場に倒れ込んでしまった追継が、未だ変わらない震え声で聞いた。そしてついに格納庫の中に……奴が入った。悪霊じゃないという事実が確定したとまでは思わないが、取り敢えず俺の体に何か変化はない。奴は格納庫の中に無事に入れた。
「ほらな。入れただろう。これで俺は悪霊じゃない事が証明されたな」
そう言いつつも、中に入ってからも歩くのを止めない俺。ついに倒れている追継を追い越して、過去の異常な変化を遂げた魂の数々が並べてある棚の中がある格納庫の内部まで足を踏み入れた。
その棚はごく普通の木製の物だ。別に特殊な加工をされているようには見えない。だが、そこには様々な輝きを放つ魂がずらりと並べてあった。美しい虹色や、荒んだ気色の悪いものまで。そこには妖力が特殊だった人間の全ての魂が封印されているのだ。それを綾文功刀は狙っていた訳だったのだが。
なんと、俺は……。
「お兄さん? お兄さんは何をしているんですか?」
「ん? 何って? そりゃあ、食事」
俺の肉体を奪った俺のもう一つの人格は……あろうことか、格納庫に封印されていた魂を手で拾い上げて……食った。まるでフルーツでも齧るかのポーズで、何のためらいもなく。口の中に入れて飲み込んだ。
「ひっ!!」
追継の心からの悲鳴のような声が聞こえる。内心、俺も死ぬ気で気持ち悪がっている。体の自由がほんの少しだけでも抵抗できるなら、全力で食い止めているところだ。だが、俺に行動権は一切ないらしい。
一個で満足できるはずも無く、次々に手当たり次第に口の中に放り込んでいく。本当に美味しそうに、まるで極上のデザートを食すように。
「そうだ、言い忘れてたな。俺が何ものかって奴」
言葉を失い絶句して、その場で放心状態になっている追継に対し、顔も向けずに言葉だけを浴びせた。それは意味の無い回答だった。
「俺は他の何者でもない。橇引行弓だよ」