勿体
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終ったのだろうか、厳密には終わってないのだろう。綾文功刀との約束だとか、陰陽師としての闘い方とか、俺の人間としての人生とか。俺の中で大切にしていたくつもの『何か』が俺の手元から消えて行った。
終わったのは戦闘だけだ。火車の武神モードは解除され、つけたされた火車はまた流星のように彼方へ消えて行った。元の火車だけがその場に残ったが、俺の別人格がすぐにお札に回収してしまったために、落ち着いて確認もできなかった。
「ちくしょう」
何よりも失って傷ついたのは、俺の肉体の主導権である。俺の意識はどこかの誰かに奪われてしまった。そして俺は今、よく分からないどこかへ閉じ込められている。共有しているのは視界だけ、あとはどう頑張っても,体のどこも動かない。まるで植物人間になった気分だ。
「お仕事、完了っと。随分と呆気なかったな。所詮はレベル3の悪霊も退化すればこの程度か。まあ楽して殺せたなら儲けものだ。それにしても、もうちょっと頑張ると思っていたんだがな。まあ、いいや。お~い、追継。もう出てきていいぞ」
もうこいつの言葉にコメントを考えるのが嫌になってきた。悪霊との戦いはゲームじゃないんだ、今回はただでさえ人質を抱えた上での戦闘だった。それを儲けだの楽勝だの、陰陽師の悪霊退散をなんだと思っている。モラルの問題ではない、精神の問題だ。
強いから貶していい、とか。弱いから虐げられる、とか。そういうのが一番気に入らなかったのが、特に何もしない陰陽師である俺じゃなかったのかよ。まるで屑野郎じゃないか。
追継は先ほどの戦闘を拝見し、どうやら俺の異常性に気が付いているようだ。格納庫から出てこようとはしない。
「あ、あなたは……、お兄さんじゃない。お前は悪霊だ!! 悪霊の言う事なんか聞けない!!」
追継……、それでいい。きっと俺は悪霊になってしまったのだろう。そう覚悟してやった無茶だろうが、何もかも分かりきっていた事だっただろう。今更、中途半端に意識が内部に残ったからって、俺は何を勿体ぶっているのだ。
死ぬ覚悟だったじゃないか、死んでないこの状況に何を不満があると言うのだ。これより酷い結果が妥当だったのに、それ以上望むのはただの我が儘だろう。
「あぁ、そっか。なるほどね。追継さぁ、何か誤解してないか?」
そう言い放つと俺の体を乗っ取った奴は、次なる行動を始めた。追継のいる格納庫の方向へ歩き始めたのだ。その奇妙さに恐怖したのか、追継は少し後ろへ立ち退く。そりゃ怖いだろう、悪霊が近づいてくるのだから。
でも大丈夫だ、悪霊は格納庫の中には入る事が絶対に出来ない。つまり今の俺があの中に入ることなど、まず無理なのだ。なのに何故俺は歩きを止めないのだろうか。