死神
奴が変形させた火車がどのように変わったのか。それを語るのはとても難しい。まず原型を留めていない、車輪の面影しか無いと言っても過言ではないだろう。
般若の顔は消え去り、仮面というかマスクを被っている。車輪は残っているが、体の至るところに鎧のようにくっ付いている。人型モードのときよりも、幅の面積がかなり広い。デフォルメは人間と言っていいような形だが、かなり筋肉質な体つきになっている。腹筋は割れて、腕の筋肉も大きい。
確か俺が初めて契約したという理由で、御札の中からずっと傍にいてくれた火車は『女』だったと思うのだが。それでも般若モードの時は、おっさんの顔を持っているので、あんまり関係はないのかもしれない。パートナーなんだから、詳しく聞いておかなかった俺が悪い。ここ最近は忙しくて、悩みも多くてそんな事を考える暇がなかったと言い訳をしておこう。
そして何よりも訳の分からないのは纏っている炎の色が変わっている事だ。前までは真っ赤に燃え盛る赤だった。それが今の色は、荒んだ紫色をしている。今まで俺が感じていた火車の温かさが、完全に消え失せた。今の感じている炎はまるで、地獄の業火。裁きの拷問でしかない。
「これは……、いったい……」
追継……、奴は気付いているだろうか。火車をあんな化け物に変化させてしまったのは、俺ではない事に。俺の体はとある別人格に乗っ取らている事に。
「それじゃあ、いくぜ。悪霊……、引導を渡してやるぜ」
止めろ……、まだ綾文功刀の意思が残っているかもしれないだろ。戦闘不能に追い込むだけでいいじゃないか、トドメなんか必要ないだろ。あいつだって被害者なんだ、このまま倒していいのかよ……、おい……。
そんな俺の思考は奴には届かない、ついに火車の武神モードの火車が動き始めた。車輪の隙間から刀を取り出した、どこにそんな物を隠してやがった。体から発する火車の炎が剣に伝わっていく。
その間に悪霊が起き上がった、服の破れは勝手に回復している。いつの間にか体に負っていた傷も回復している。まあ回復のも妖力が使用されるために、ダメージを与えていない訳ではないから安心しろと、昔の上司から教わった。
「けっけっけ、けけけけけ」
笑い方だの変なよらゆらした動きは変わっていない、あと睨んでいる顔も。もう駄目なのだろうか……、もう奴は綾文功刀ではないのか。殺すしかないのか、俺はそんな事をするために、ここまで意地を張ってこの場に残ったのか。
だが、俺がいつもの悪い癖で、悩んでいるときにはもう勝負は着いていた。振り降ろされた刀は、あの悪霊の体を貫いた。変に串刺しにされたまま宙へ舞う悪霊。俺にはその姿があまりにも綾文功刀にしか見えなかった。
殺した、あんな不幸な人を二度も殺した……。堪らない罪悪感が俺の胸に押し寄せる。悪霊はずっと俺の方を睨んでいる、まるで殺された対象を見ているかのように。怨念が思い出されたように。
俺だってあいつを倒す気だった、奴を救う事は倒す事だけだと思っていた。なのに、こんな闘いの結末だったから、。特に何もしない陰陽師としてではなく、ただの陰陽師としての作業にしかなっていなかったから。奴への弔い合戦のつもりが、ただの一方的な暴力になっていたから。
悪霊は消滅した、霧になって消えた。ずっと、俺を睨みながら。その時に俺はどのような顔をしていたのだろう、視界を共有しているとはいえ、自分の顔は見ることができないから。