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湯船

勝てる方法なら一つある、厳密には共倒れだが。俺という存在を犠牲にすれば目の前の悪霊だけは殺せるかもしれない。そんな淡くて現実身が全くない想像だけの可能性だ。勝てる確率なんぞは考えない。俺は間違いなく諦める、作戦を決行しない、だから考えない。


 「けっけっけ」


 口ではあの綾文功刀らしさは消えていた、顔も笑い方は今までの侵略者たる余裕の笑みではなく、たたの気色の悪い悪霊の笑い方になっている。だが、行動はまだ制限されているようだ。俺の肩に添えている右手と左手が震えている。まるで何かに耐え忍んでいるかのように。


 「まあ、俺も無事じゃ絶対に済まないだろうけどさ。綾文功刀……あんたの悔しさをないがしろだけにはしない。俺があんたを助けるよ。俺は馬鹿で、この世で最も陰陽師らしくない陰陽師だけど、あんたくらい守ってみせる」


 俺は両手で俺の肩を握っている手を掴んだ。先ほどの陰陽師との戦いで負傷していて、その上に直接に悪霊の皮膚に触ったのだ。被害は尋常じゃないのだが、今の俺にとってはどうでもよい事だ。


 「お兄さん、まさか。何をしているんですか!! 止めて下さい!!」


 ついに追継が自分のしたいことに気が付いたようだ。奴が格納庫から出てきて俺を力づくで止めようとしないように、早く決着をつけた方がいい。


 俺に残られた手段……というか、行動はただの一つだ。俺だけが出来る何故か特殊な力。最近は烏天狗の援助が大きかったので、使っていなかったのだが。妖力を持つ生物に接している時にだけ、発動できる力である。


 妖力吸収。これしか手は無い。だが、妖怪や陰陽師相手にはしたことがあるが、悪霊相手にするのは初めてだ。そしてこれが俺の人間としての最後かもしれない。リーダーと理事長から習った事だ。一度でも悪霊の妖力を体内に取り込むと、その生物も悪霊になる。


 「お兄さん、今すぐに止めてください。悪霊になるつもりですか!!」


 …………その通りだ、俺は悪霊になる覚悟をした。たった一人のために。


 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 分かる、自分の体に不明の物質が入り込んでくることに。今までの体の中に蓄積していた妖力とはまるで違うのが良く分かる。どうして同じ『妖力』などという名前なのか不思議なくらいだ。まるで冷めきった生温い湯船に入っている気分だ。全身に気怠さが駆け巡る。気付いた時には……、俺は激しい吐き気に襲われていた。


 頭が痛い、気分が悪い、眩暈が苦しい、視界がはっきりしない。俺は……………は…………。あれ? 何だこれ?


 「けけけけけ、け?」


 奴の掴んでいた手が離れた、まるで立ち退くかのように後ずさりして俺から離れる。危険察知など悪霊の習性として前例がないのだが、俺が知ったことか。


 「け、けけけ………け、」


 ウルセェ。ダマッテロ。


 俺の意識が消えた、いやこう思えている時点で意識が消えた訳ではないだろう。夢を見ている瞬間は夢を見ているとは感じないというあれだ。


 ていうか、今の声は俺の声のはず。だったら何故、俺の体は勝手に行動した? 何が起きているんだ? 俺は意識を保っているのに、何で俺の体は今も動いているだ? 俺の体を誰かが勝手に動かしている。乗っ取られた?


 「げっ、けけ、けけけ、けけ……」


 あの悪霊の悲鳴が聞こえる。俺が思考していた数秒間、俺はずっと動いていた、そして全部の神経を悪霊への攻撃へと集中させていた。単純な打撃だけの押収だ、パンチとかキックとか。その単純さがより一層に俺に恐怖心を与えた。いや、奴を殴ったのは俺なのだが。


 俺じゃない誰かが、俺の中にいる。誰なんだ、こいつは?


 「誰なんだ、じゃねーよ。橇引行弓だろうが、俺は」

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