払拭
奴が……牙を向いた。綾文功刀が目に生気を失っている、ただの化け物になっていた。何故だ、奴は先ほどまでは落ち着いていたのに、一体何が起こったというのか。綾文功刀は所詮、悪霊だったという話なのか。それとも……。
「けっけっけ、君の話はもういいよ。もう分かった、私が弱いという理由はね。私はまだ完全に侵略者にはなりきれていなかったようだ。だからもうそんな心は捨てる、私の中に弱い心があった事を認め、それを体から払拭する」
……なんだ、あいつ。体から悪霊の妖力が溢れだしている。始めは口と目から、次に顔全体から赤色に近い紫色の妖力がとめどなく、土石流のように噴き出ている。気持ち悪い、あまりの恐怖に立ち上がれない。
「おい、どうしちまったんだよ!!」
綾文功刀は両手で俯いた顔を覆った、まるで泣いているような恰好だ。俺は知っている、この後に悪霊がどんな顔をするのか。悪霊と戦った回数など指で数えられるくらいしかなく、知識も薄い方である俺でもこの悪霊の習性は知っている。
悪霊が妖力を溜めている時に使うポーズだ、一般人を襲う時にする行動ではなく、陰陽師を撃退する時などにその行動を取る事がある、そんな話を昔の飛鳥に聞いた事があるのだ。
「おい!! 何で今更、俺達が戦うんだよ。もう戦う必要なんかないだろ。自分に正直になるんじゃないのかよ。このまま自分が望まない生き方を選んでどうするんだ。今のあんたは、あんたが一番嫌いだった、あんたの夫と同じなんだぞ。おい、聞いているのかよ、綾文功刀!!」
返事は…………無かった。
「けっけっけっけっけっけけけけけけけ」
意識が消えかかっている、まるでレベル2に退化しているように見える。原型までも変わってきた、短かった髪が増殖し、爪が目に見えるレベルに長さを増していく。服装も今までは、元主婦とは思えない学生服なんぞを着ていたくせに、だんだん悪霊らしい白い服に戻った。
「こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに」
もしかしたら奴はレベル3の象徴とも言えるべき代物であった、意識という大切な『人間らしさ』を捨てたのかもしれない。これが世界侵略を目指した悪党の最終判断だと言えるのだろうか。それともただの自分を見失っただけだろうか。悪霊になった以上は、希望なんかない。救われようとすれば終わりの無い絶望が舞い降りる。
「まさか……退化するなんて」
奴は自分が能力が使えない代物になったと悟り、切り捨てた。それと同時に意識までも切り捨てた。奴は洗脳能力に適した性格ではない事を悟った、そしてさらには失って、無くなった。そして……得られた結果がこれだ。
「馬鹿野郎……、レベル2の悪霊になることないじゃないか。何で幸せになる事を諦めちまうんだよ、綾文功刀!!」